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如月は相変わらず余裕の笑顔で言う。
「佐藤大使から頼まれたのでな」
「父の知り合い?」
美沙もそれには興味がある。大使と言えば父の仕事だった。しかし、話しに無理があると思う。
「若いが。父なら顔見知りは多いはず」
それだけで、馴れ馴れしすぎる。
「25歳。美沙さんは妹みたいなものだ」
「家族気取りかよ。聞いてないな」
父とは個人的な付き合いだったような言い方だ。素っ気なくしても、もうちょっと話は聞きたい。
美沙はヘルメットを外すと、前髪を一度かきあげる。ポニーテールが揺れた。
40歳代だった父。如月は年齢から友達とはいえないはずだが、親しかったようだ。
「星間連絡船のクルーだったころの話。宇宙を往復する美沙の親父と知り合った」
如月は説明するように話す。それなら、美沙も聞いたことがある。
「宇宙旅行は楽しいと教えてもらった」
第3の地球とか夢を話す父は、大使という役職に似合わない無邪気な表情をしていた。
「佐藤さんは本気だった。vwxy計画に誘われたんだ」
美沙は、第3の地球を作るという夢物語は聞かされたが、実際に進行していたのか。戦争の止まない状況で、新世界を目指すのは、あまりにも現実離れしていると思っていた。
「父の本心を知っているらしいな。それで、私のことも知っていると」
美沙はヘリメットを左手に抱えて、納得するようにうなずく。如月が安心したのか、気安く喋る。
「美沙さんの太腿に黒子があるのも知ってる」
太腿! 危ない男じゃないか。
「のぞき魔か」
美江は右手で相手の頬を叩いた、はずだが、手首をつかまれる。
(しまった。つぎ、危ない)
下手に動いても封じられる。汗がこめかみから一筋流れた。敵わない相手と思ったら動けない。
(もっと強くならなきゃ)
焦りながら心でつぶやいた。
如月は掴む力を弱めないが、楽しそうな声で言う。
「佐藤さんに見せてもらった、女の赤ちゃんの写真。それが美沙さん」
写真で黒子はみたという。生の裸じゃない、と一応は安心する美沙。
(敵ではないか。考えすぎたかな)
腕の力を弱める。
如月は美沙の腕を放すと、やれやれ、というように首を振って苦笑い。
「ちょっと座りましょ」
美沙は柔らかく言って、近くの土手へ歩く。ちょうど膝を曲げて座れる高さで、表面が木製だ。右にヘルメットを置くと、乾いた音がした。
(話せる相手とは仲良くなれる)
母の生き方を思いだす。それは理想と思うが、美沙の性格は幼いころから母の影響を受けてもいた。
如月が右隣りへ座り言う。
「あのころはどうだった。まだ中学生だったか」
たぶん、地球へ戻れなくなった時期だ。
「ネット学習だから。それでも最初は戸惑った」
地球とネクストアースでは文化の違いもあったが、同じ日本人として生活へ馴染むのも容易だった。
ちょっと当時を思いだす美沙。
美沙は15歳のときに、大使としてネクストアースに住んでいる父へ会いに来た。そして戦争が始まったのだ。
緊急事態だ、と父は地球へ戻る。まだ親とは離れたくない年頃だが、へんに反抗もしていた。
(言いたいことを素直に言えない。なにか変われる機会でもあったのに)
やがて核爆発が起こった。連鎖して爆発。惑星が放射能に覆われる。それはモニターに映された実況中継だった。
博識で行動的だった父を尊敬もしていたが、母の葬儀に来なかったのを恨んでもいる。
(一緒に地球へ戻れば、戦争に巻き込まれていたか)
捨てられた思いもあったが、これで良かったのか、複雑な気持ち。最適な行動とは、あとからでも気づかない。いや、未来が、過去の行動の意味合いを変えてしまうのだ。
(母のように、すべて受け入れてから考えるのが良いのか。そうしたら)
母が父を自由にさせすぎとも思っていた。まだ二十歳で、母の行動を理解できてない。
(地球か。ほんと余計なことをAIはした)
AIが地球を破棄する決定をした。美沙は、ネクストアースで住むしかないのだった。父の住んでた家と研究室が所有物になっている。
如月も仲間とは会えずにいるらしい。
「渡航は全面禁止。連絡宇宙船も新地球に戻れない」
純粋な地球人の何人が滞在しているかわからないが、仕事を探して、バラバラになったという。
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