2 滑走騎士の役目

2/5
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 美沙はオンライン会話をしながら、愛想笑いが要らないと判断する。 「山下さんも、くどい。乗れない話だ」  凄んだつもりだが、あどけない顔の作りでは相手もびびらないらしい。  会話の相手は山下賢。東京市の行政委員だ。AIが司法と立法を任されてから、行政委員が権力の奪い合いをしているのが今の東京市。 「悪い話じゃないと思う。ソバノ地区も配下に成るほうが金儲けもできる」  山下は、へちま顔の尖った顎を突き出して言う。上から目線で喋るのが見ても分かる。 (用心棒みたいなことを、やれだと? 何様のつもりだよ)  なんでも、自分たちが偉いと思いたがる人たちは一部にいるが、山下もそうらしい。 「金と言葉の魔法で指導者を決めるのは、時代遅れ、でしょうが」  それに首を横に振る山下。自分が正論だと引き下がらない。 「だからといってな。いつまでも喧嘩はないだろう。確かに混乱期に活躍した騎士たちはいる」  AI主導期になり、火器兵器の使用は禁止にもなった。銃やミサイルはないが、他人を支配するのが好きで、諦めない人々がいた。  中世でもないが、腕力勝負の時代になり、権力者の下で戦う者を騎士と呼んだ。ま、現実には騎士道というのは守られてない。短気で我がままな、喧嘩を好む者たちが多かった。  地球の歴史が伝えるように、迷惑を受けたのは一般大衆。 「いまは平穏だ。騎士も必要ないと思うが」  山下は喧嘩で指導者を決めるのに反対らしい。いかにも猿や野生動物の世界と考えているようだ。 「なぜ平穏になったかは覚えてないんじゃないか」  美沙は、山下が歴史の一部を利用して理論展開していると気づいていた。 指揮者や権力者が安全な場所にいて、傷つくのは一般大衆と兵士だ。それは人類史に残されていた。  地域の平穏を守るために、混乱していた各地でローラースケートを履いた滑走騎士が登場したのが事実だ。 「権力者とタイマンして勝ってきたのが滑走騎士だ。他人を犠牲にしたリーダーはいらない。それで、大衆の望んだ世の中になったはずだ」  滑走騎士は行政のトップには温厚な人物を任命した。支配欲より、指導能力のある人物が評価されたわけだ。  古代の騎士道を受け継ぐのが滑走騎士団。他人を犠牲にした戦争をするよりも、支配欲のある者は直接に本人同士が喧嘩すればいい。  その考えで、バトル協会は世界中に広がっていた。  山下も引き下がれないらしい。ここで、滑走騎士の女王とも呼ばれる美沙をやり込めれば、自分を売り込む機会と思っているのだろう。 「民主的な選挙が人間らしさだよ」  20世紀のころを待ちだす山下。それが腐敗した歴史もあるのだが。 「金を上げて、山下さんは自分へ投票してもらったらしいな」 「秘書がしたのだろう。私は知らないし。それに、もう済んだことだ」  民主主義を誤解した人がたまにいるらしい。山下は、あれこれと言い訳を並べる。   美沙として、オエド市のことはどうでもいい。 「ここへ、ちょっかいをだすな」  権力抗争に巻き込まれたくない。各地域は独立した行政形態をしていて、大都市のオエド市へ依存する必要もなく、繋がりは薄い。  AIが会社経営も任されて惑星地球で、ほとんどの地域は金銭循環方式だ。金銭循環システムが、うまく経済をまわしていた。高い金を貰う管理職や社長は存在しない。役職よりも、自己表現のスポーツや芸能、芸術で儲ける者が多い。  ただ、主要な大都市は金銭至上主義を経済の柱にしていた。貧困の差は大きいと、美沙は聞いている。それで、山下もソバノ地区を金儲けの場所にしたいらしい。  美沙は、滑走騎士の役目も終わったと思うときもある。山下のいうとおりだが、動機が不純だ。他人を騙したり脅したりして味方を集めるのは民主的でもない。 だから、滑走騎士はいまも必要だと考える。   次ページへ
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!