震え

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 ワイシャツの襟が曲がっている。  駅のトイレで最後の身だしなみチェックのつもりだった。  鏡に映った自分の姿はどうみても疲れたおじさんだ。できるサラリーマンにはとても見えない。久しぶりにヒゲを剃ったせいで、うっかりあごの下に傷を作ってしまった。小さな傷だが、青白い顔の中で赤い傷が目立つ。でも、絆創膏を貼ると、もっと、目立つだろう。  無理だ。  離婚調停の一回目。調停委員にはいいところを見せたい。それなのにこれじゃ。  トイレから出ると、コンビニに入った。  缶チューハイ、爽やかさを期待してレモンを手に取る。それから、ブレスケアも買った。  店の外で一気に飲む。それから、ブレスケアも飲む。マスクもした。  大丈夫。大丈夫。  気持ちが落ち着いてきた。早めに来てよかったと思いながら、家庭裁判所に入った。  大仰な石造りの建物は威圧感があった。人を裁くところだというのがよくわかる。  控え室でしばらく待たされた後、調停委員がやってきて、調停室に案内された。二人の委員の前に座ると就職の面接のようだ。  妻の恵子とは出会わないようになっているらしい。 「高橋直人さん、恵子さんからの離婚申立てに反対されているそうですが、理由を述べてください」  俺はしゃべった。  俺はいかに恵子と娘の里香を愛しているか、二人のために真面目に働いてきたか。リストラに合い、ちょっと、気持ちが参っていたこともあったが、今はきちんとしている。これからも、家族一緒に暮らしたい。  いくらでも言葉が出てきた。アルコールの力かもしれない。照れ臭くて普段なら言えないようなこと、家族を愛しているということも簡単に言える。
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