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①
その日、午後からの講義は、大雪警報の為全て休講となった。掲示板を見ながら天ノ使美加は、リュックを背負い直した。幽かに積もった雪がパラパラと落ちる。
「休講だね」
声は隣からだった。日向美沙と目が合う。
美加は、キャンパスを見渡す。1年生教養課程の校舎には、人の姿はほとんどない。
「駅前のカフェに寄って帰らない?」
美加が提案する。
2人は駅前のシアトル系カフェで、一息ついた。窓の外は、雪が積もり始めている。美加がコーヒーに口を付けた時だ。
『ゴ――――ン』
鐘の低い音と振動を感じた。その振動に感応して、美加の全身に悪寒が走る。自分の中の、曇りガラスのような否定的感情を、引っ掻かれたような不快な感触。
「美加ちゃん、どうしたの。気分悪そうだよ」
美沙が、美加の手を握る。
「美沙ちゃんは、何か感じなかった? 鐘の音が聞こえなかった?」
「え? うーん、聞いたような……」
『ガラガラガッシャーン』
店のカウンターで物が散乱する大きな音。店内の客が一斉に注目する。若い男が、カウンターの物品を手で薙ぎ払ったのだ。さらに、若い男はコートを着た中年男につかみかかる。
「お前! 順番を守れよなあ。ズルするんじゃねえよ!」
若い男は激高している。中年男を殴らんと腕を振り上げた。
「やめろ!」
周りにいた客が、若い男を止めにかかる。
「こいつが、ズルいことしやがるから。許せねえんだ!」
客に羽交い絞めにされながらも、叫ぶ若い男だった。
「あのコートの人、割り込みをしたんだよ。でも、若い人もあんなに怒らなくても注意だけでいいのに……」
そう言って美沙は、美加を見た。
美加は、騒ぎとは違う場所を見ている。
「ちょっと、美加ちゃん。どうしたの」
「あの人、鐘のようなものを持ってる。さっきの音はあの黒い鐘の音だよ」
「どこ? どの人?」
美加の視線の先を見る。山高帽をかぶりカーキ色のステンカラーコートを着た小男が出口に向かっている。小脇に読経の時に用いる鐘を抱えている。バレーボールほどの大きさだ。
「あの鐘の音を聞いた時、自分の否定的な感情を揺さぶられたの。おそらくあの若い人も鐘の音を聞いて激高したんだ……」
「まさかそんな、鐘の音を聞いて割り込みをした人に殴りかかるなんて……でも、美加ちゃんはスピリチュアル体質だからなあ……敏感に反応したんだね」
「うん。あ! あの人出ていく。追いかけよう」
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