1/1
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

 その日、午後からの講義は、大雪警報の為全て休講となった。掲示板を見ながら天ノ使(あまのつかい)美加(みか)は、リュックを背負い直した。(かす)かに積もった雪がパラパラと落ちる。 「休講だね」  声は隣からだった。日向(ひむかい)美沙(みさ)と目が合う。  美加は、キャンパスを見渡す。1年生教養課程の校舎には、人の姿はほとんどない。 「駅前のカフェに寄って帰らない?」  美加が提案する。  2人は駅前のシアトル系カフェで、一息ついた。窓の外は、雪が積もり始めている。美加がコーヒーに口を付けた時だ。 『ゴ――――ン』  (かね)の低い音と振動を感じた。その振動に感応して、美加の全身に悪寒(おかん)が走る。自分の中の、曇りガラスのような否定的感情を、引っ掻かれたような不快な感触。 「美加ちゃん、どうしたの。気分悪そうだよ」  美沙が、美加の手を握る。 「美沙ちゃんは、何か感じなかった? 鐘の音が聞こえなかった?」 「え? うーん、聞いたような……」 『ガラガラガッシャーン』  店のカウンターで物が散乱する大きな音。店内の客が一斉に注目する。若い男が、カウンターの物品を手で()ぎ払ったのだ。さらに、若い男はコートを着た中年男につかみかかる。 「お前! 順番を守れよなあ。ズルするんじゃねえよ!」  若い男は激高(げきこう)している。中年男を殴らんと腕を振り上げた。 「やめろ!」  周りにいた客が、若い男を止めにかかる。 「こいつが、ズルいことしやがるから。許せねえんだ!」  客に羽交(はが)()めにされながらも、叫ぶ若い男だった。 「あのコートの人、割り込みをしたんだよ。でも、若い人もあんなに怒らなくても注意だけでいいのに……」  そう言って美沙は、美加を見た。  美加は、騒ぎとは違う場所を見ている。 「ちょっと、美加ちゃん。どうしたの」 「あの人、鐘のようなものを持ってる。さっきの音はあの黒い鐘の音だよ」 「どこ? どの人?」  美加の視線の先を見る。山高帽(やまたかぼう)をかぶりカーキ色のステンカラーコートを着た小男が出口に向かっている。小脇に読経(どきょう)の時に用いる鐘を抱えている。バレーボールほどの大きさだ。 「あの鐘の音を聞いた時、自分の否定的な感情を揺さぶられたの。おそらくあの若い人も鐘の音を聞いて激高したんだ……」 「まさかそんな、鐘の音を聞いて割り込みをした人に殴りかかるなんて……でも、美加ちゃんはスピリチュアル体質だからなあ……敏感に反応したんだね」 「うん。あ! あの人出ていく。追いかけよう」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!