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②
山高帽の男は、鐘を入れた大きなボストンバッグを持っている。
店を出て通りを歩いて行く。
美加も男を追って店を出た。
「え、え、何で? 追いかけるの?」
美沙が、小走りに美加について行く。
「あの音から、ものすごい怨嗟を感じたの。あんなもの、ほっておけないよ」
歩きながら、美加は声を上げる。
「え、えんさ?」
「不条理に対する怒りや憎しみのこと。あの若い人は、その感情を音で揺さぶられたのよ。それで中年の割り込みという不正が許せなくて、鉄拳制裁を下そうとしたんじゃないかな。それに最近今の状況に似たような事件が、多発してるの知ってる? 街でたむろしている若者が襲われたり、電車の中でマナーの悪い人が周りの人に殴られたり……。あの鐘の音を不特定多数の人に聞かせたら、そのうちの何人かは、怒りの反応を示すと思う。それもはっきり確かめたいの」
「え、そうなの? で、どうするのよ」
「とにかく、あの人がどこに行くのか追いかける」
2人は、ハアハアと息を切らせながら、男を追う。尾行されているとは気づかぬ男。一軒の家の前で立ち止まった。立て込んだ住宅街にある平屋の小さな日本家屋。格子の門を開くと男は、姿を消した。それを見届け、門に駆け寄る2人。
表札には、『京山』とある。その隣には木製の看板。『鬼子流、運勢占いいたします。十分千円也』と黒々と墨で書かれてあった。
「あの人、占い師なんだ」
美沙が言った。
美加は、格子戸に手をかけている。
「ええ! 中に入るの? 深入りするのはやめようよ。気持ち悪いし。もう帰ろうよ」
美沙は、美加の腕をつかむ。美加は、ほほ笑んでいる。
「大丈夫。ちょっと様子を見るだけだから」
「何を見るのよ。美加は、スピリチュアルな事に関しては大胆になるからなあ」
「こんにちは」
美加はもうすでに玄関を開けていた。
さっきの小男が現れる。暗い色の着物に同系色の羽織袴姿。
「はい。何でしょう」
その男、美沙には普通の中年男性に見えた。
「あの、表の看板を見てきました。占いをしていただきたいのですが」
「ああ、ご相談ですね。どうぞ、おあがり下さい」
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