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③
男は、上がり框にスリッパを2足並べた。そして、2人を8畳ばかりの板の間に案内する。何もない祈祷所のようである。上座に当たる場所に、何かの神様であろう掛け軸が掛かってある。
男はかいがいしく座布団を並べる。
「寒かったでしょう、どうぞお座りください」
そう言いながら、石油ストーブに火を入れた。怪しい雰囲気は微塵もなく美沙は、愛想のよい中年という印象を持った。
男は、掛け軸の前に正座をする。
「さて、どのようなご相談でしょうか?」
「あの、その前にここでは、どのような占いをするのですか?」
美加は、さりげなく部屋を見渡す。
「ほう、占術に興味がおありですか?」
「はい、確か看板には鬼子流とありましたが……」
「そうです。太古から伝わる占いでしてね。この黒い磬子を使って占うのです」
京山は、脇に置いていた件の鐘を自分の前に置いた。
「これは、磬子と言います。坊さんが読経の時に鳴らす鐘ですね」
「ああこれは、鐘じゃなくて、けいすというのですね」
「はい。まあ鐘でもいいですけどね。ただ、この磬子は、金属ではありません。ある種のクリスタルでできているのです。原石は、刑場があった地に埋まっていた物なのです。その刑場の露と消えていった者の恨みつらみ、苦しみ悲しみの波動が込められている黒いクリスタル。それを加工してつくられた磬子なのです」
「なにやら、不気味なものですね」
「いやいや、脅かしてしまいましたね。すみません。大丈夫です。それだけ霊験あらたかな物だ、ということが言いたかっただけで」
京山は、頭を掻きながらほほ笑む。
「これを鳴らすと、音の振動があなたの心を揺さぶります。そして、なにが問題かを自分で悟り、歩むべき道を意識するのです。では、あなたのお名前と相談事をお聞きしましょう」
美加は、居住まいを正す。
「天ノ使美加です。相談は、進路についてです。今大学の1年生で心理学を学んでいます。卒業後は、どんな仕事が適しているのかを、占っていただきたく」
「ふむ。将来の仕事ですね。わかりました。占ってみましょう。では、いまからこの磬子を打ち鳴らします。この棒は、棓といいます」
京山は、棓を頭上に差し上げて磬子に振り下ろした。
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