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 男は、上がり(かまち)にスリッパを2足並べた。そして、2人を8畳ばかりの板の間に案内する。何もない祈祷所(きとうしょ)のようである。上座に当たる場所に、何かの神様であろう掛け軸が掛かってある。  男はかいがいしく座布団を並べる。 「寒かったでしょう、どうぞお座りください」  そう言いながら、石油ストーブに火を入れた。怪しい雰囲気は微塵(みじん)もなく美沙(みさ)は、愛想(あいそう)のよい中年という印象を持った。  男は、掛け軸の前に正座をする。 「さて、どのようなご相談でしょうか?」 「あの、その前にここでは、どのような占いをするのですか?」  美加(みか)は、さりげなく部屋を見渡す。 「ほう、占術(せんじゅつ)に興味がおありですか?」 「はい、確か看板には鬼子流(おにこりゅう)とありましたが……」 「そうです。太古から伝わる占いでしてね。この黒い磬子(けいす)を使って占うのです」  京山(きょうやま)は、脇に置いていた(くだん)の鐘を自分の前に置いた。 「これは、磬子(けいす)と言います。坊さんが読経の時に鳴らす鐘ですね」 「ああこれは、(かね)じゃなくて、というのですね」 「はい。まあ鐘でもいいですけどね。ただ、この磬子は、金属ではありません。ある種のクリスタルでできているのです。原石は、刑場があった地に埋まっていた物なのです。その刑場の(つゆ)と消えていった者の恨みつらみ、苦しみ悲しみの波動が込められている黒いクリスタル。それを加工してつくられた磬子なのです」 「なにやら、不気味なものですね」 「いやいや、脅かしてしまいましたね。すみません。大丈夫です。それだけ霊験(れいげん)あらたかな物だ、ということが言いたかっただけで」  京山は、頭を掻きながらほほ笑む。 「これを鳴らすと、音の振動があなたの心を揺さぶります。そして、なにが問題かを自分で悟り、歩むべき道を意識するのです。では、あなたのお名前と相談事をお聞きしましょう」  美加は、居住(いず)まいを正す。 「天ノ使美加です。相談は、進路についてです。今大学の1年生で心理学を学んでいます。卒業後は、どんな仕事が適しているのかを、占っていただきたく」 「ふむ。将来の仕事ですね。わかりました。占ってみましょう。では、いまからこの磬子を打ち鳴らします。この棒は、(ばい)といいます」  京山は、(ばい)を頭上に差し上げて磬子(けいす)に振り下ろした。
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