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④
『ゴ――――ン』
あのカフェで聞いた音と同じだ。今度は目の前にある。磬子の強力な振動が美加を襲った。悪寒がする、今までのネガティブな記憶が早送りのビデオのように脳内を駆け巡る。
『ウオンオンオンオン』
余韻が長引いている。美加は、音に耐えられずに両手で耳を塞ぐ。しかし、振動は身体全体から浸透して来る。ネガティブな感情が脳内に湧き出る。大きな罪を犯したわけではないが、ささいな罪悪感が増幅されて自分に向かってくる。このままじゃ、自分が許せなくなる。自己嫌悪の闇に落ちる。手足が、自分に対する怒りで震えてきた。
「おや、震えていますよ。そのような自分を、あなたはどうしたいのですか」
美加を追い詰めるように京山は声をあげる。
「うううう……。い、いやあ!」
涙を流し号泣する美加。このままでは、自責の念に苛まれて自らを傷つけてしまう。自分を許さないと……。
美沙は、美加の姿に衝撃と危機感を覚えた。それと同時に、磬子の振動を同じように体に受けた美沙は、京山に対して怒りが湧いてくる。
「オッサン! 美加に何をした! 美加を苦しませるなんて許さないよ!」
立ちあがって叫んだ。
「わ、私は何もしてませんよ。これは、この方自身の問題です。この方が抱えている闇なのです。その闇を解き放つも、自分に取り込むも自由なのです。そういうあなたも怒りに捕らわれている」
京山も、立ちあがって身構える。
「言ってる意味がわからん!」
美沙が、怒りにまかせて、男に飛び掛かろうとする。
「まって、美沙ちゃん。私は大丈夫」
美沙を抱き止めて、立ちあがると、京山に訥々と語り始める。
「京山さん、私はその磬子の音の振動で、脳内がかき回されたようです。それは、危険な道具ですね。人の脳を振動で混乱させるのは道義的に見て、良いこととは思えません。特に人の集まっているところで、それを鳴らすのは、今後止めていただけませんか……」
「はははは、何をおっしゃる。それは、無理と言うもの。人は愚かなものです。世にある理不尽な恨みつらみを押し殺して生きている。それを開放してあげているのです。現にそちらの方は、怒りを開放して私に襲い掛かろうとした。私は何も手を出していないのに。ただ、磬子を打ち鳴らしただけなのに。それに私は、磬子の音を聞いても何ともありませんよ。この磬子が原因と誰が言えましょう」
そう言う京山は、もう笑みさえ浮かべている。
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