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「あっ、そっか」
「だから問題は、ワタシがいまのいままでその靴の件を知らなかったってこと、ようするに、お母さんがその事実を隠していたことなのよ。ワタシに気づかれなかったってことはつまり、ひとりで仕事中ずっと我慢してたってわけだし、その日こっそりどっかで元の自分のとまったくおんなじ靴を買って、また履いてたってこと」
「なるほど」
「その理由も簡単。お母さんは娘のワタシに、夜遊びしたうえに朝帰りしたってぜったいバレたくなかったってこと、これがまず大前提」
「うーん、なるほどな。いや待て待て、だけどそれじゃあ、そもそもの、靴を履き替えたことじたいの説明にはなってないよな」
「それはね、雪が降る予報があったからよ」
「えっ、ああ、いや、あれ、どういうこと?」
「この説のミソは、あくまで雪で、かつ予報だったってとこにあるの。雨じゃあいけない、それだと傘も必要だったはずってなるし、かならず雪が積もるってのもダメ、それじゃあ靴を履き替えてすむどころじゃあなくなっちゃう。雪が降るかもしれないってレヴェルだからこそ、念のため、ちょっと積もって泥濘ができたときのためにって、長靴代わり作業靴を履いてったらって話にもなる」
「ほんとだ。それなら説明つく」
「実際にはちらつく程度だったか、なんなら降らなかったんじゃあない、結局。で、よけいそもそもの動機を忘れちゃった。きっとその当時のことだから、天気予報は携帯電話でじゃあなくって、朝、車のなか、ラジオから、たまたま耳にしたにちがいないわ。ね、そうでしょう、お母さん?」
これぞ合理的解。渾身の論理的推理。対してお義母さんは、
「おぼえてないわあ」
忘れた、といかにもいったようすの例の無表情で、言下に否定したのだった。ケロッとした顔を眺めていると、とても芝居しているとは、とぼけているとはおもわれず、妻と私はただ目を見合せて苦笑するしかなかった。
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