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12章:アイ
屋上に吹く生温い風がシャツの隙間から入り、汗ばんだ背中をひんやりとさせた。さすがの神崎もすぐには言葉が出てこなかった。
「自殺……南朋子が……」
確かに可能性としては十分高いものだ。警察も当初は事故と自殺と二つの側面から捜査を行ったが、これと言って動機のようなものが出てこなかったことで捜査は事故の方に偏っていった。
「屋上にスマホを置いたのは捜査が自殺の方から外れていくように……だろ?」
磐田は荒川の方に水を向けるが荒川は口を閉じたままだ。ただその表情からそれが見当外れのものではないことがうかがえる。
「うまく事故として処理してくれれば最善だ。だが、仮にそれを疑うものが出てきても殺人事件の方に捜査の目が行くように仕向けた」
「でもよ……ちょっと待ってくれよ。どうしてそこまで南の自殺を隠す必要があるんだよ? 結果的に荒川さんは嘘の自白までして罪を被ろうとしてるんだぜ。誰かをかばうためとは言え、そこまでする必要あるのか?」
荒川が庇っているのはおそらく久保田であることは神崎もわかっている。だがいくら何でも自分自身を犯人に仕立て上げてまでそれを誤魔化すことは神崎には理解できなかった。
「それは俺たちがわかることじゃない……荒川さんに聞いてみないとな」
磐田はうつむいたままの荒川に諭すように声をかける。譲や神崎も荒川の方を見るが荒川は黙ったまま何も語ろうとしない。しばらく様子を見るが事態は進展しそうにない。神崎が磐田に目配せをする。磐田はゆっくりと息を吐き、頑なな荒川の姿を見据えながら言葉を足していく。
「なるほど……どうやら俺の見立ては間違っていたようだな。今の君の姿を見てやっと解が出た。荒川さんは久保田くんをかばっているつもりなどなかったのだね?」
「どういうことですか?」
その言葉は譲の想定とも違ったものだったので、思わず聞き返した。
「久保田くんは合意の元だと言っていたが、彼は無理やり、あるいはかなり強引に南さんを手籠めにした。そして、南さんは無理やりとは言え、久保田くんと関係を持ったことに後ろめたさを持って自ら命を絶った。南さんと荒川さんの会話の内容がどのようなものだったかは聞いてみないとわからないが、南さんは久保田くんのしたことを何らかの形で記録していたのだろう。そして、それが明るみに出ると久保田くんのせいで南さんが自殺したことになる。別れたとは言え、まだ想いの残っている荒川さんは事故に見せかけ、最悪自分が罪を被ることで久保田くんを守ろうとした。もしかしたらすでに就職の決まった久保田くんの将来まで案じてのことだったかもしれない……それが俺の見立てだった」
「……俺も同じように考えていました」
譲も荒川が罪を被ろうとしているのは久保田を守るためだと考えていた。昨日の久保田の話を譲は信じていなかった。どれだけ口説かれたとしてもあの南が荒川の元カレである久保田に簡単になびくとは考えられない。久保田がかなり強引な手法を使ったと考えるのが普通だ。そうだとしたら南が久保田への恨みつらみを書き記した可能性は十分にありえる。
「もちろんそういった面もあったのかもしれない。事実、久保田くんは荒川さんが自分を庇ってくれていると思っているだろう。そう思っていながら事実を話さない久保田くんは最低だがな……」
吐き捨てるように磐田が言った。感情の起伏自体はいつもどおり平坦だが磐田も久保田のことをよくは思っていないのだろう。
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