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ここは、〇〇城。
今日は王主催のパーティーがひらかれる日。夕暮れになり、招待された貴族の娘たちが集まりはじめています。
テラスにでて、城内にあるバラ園を見ているのは、公爵家の娘エラでした。
手すりに手をつく彼女のすぐそばに、ボタっと鳥のフンが落ちてきました。
普通の娘ならきゃっと驚き、ドレスが汚れていないか心配するところでしょう。しかしエラは落ち着いた様子で、
「あら、こんなところに」
と、豪奢なドレスのスカートをちょいと持ち上げました。白い足に巻き付くガーターベルトには布の切れ端が。それをサッと引き抜き、なんでもないようにというよりは嬉々として鳥のフンを拭い取りました。
「きゃあ、なになさるんです。スカートをお下げください」
「もうさげたわよ。私、露出狂じゃないわ」
「当然ですが。というか、掃除道具は全て隠したはずなのに……、そんなものを隠し持っていたんですね。今日は大事なパーティーですよ。お嬢さまのその趣味は封印してください」
「掃除は趣味じゃないのよ。私にとって息を吸うのと同じくらい大事なこと」
「それでもです! 王子がもしシャンパンをこぼしても、いきなり掃除を始めないでくださいね」
「あーあ」
「こら、パーティーの前からあくびしない! 今日のパーティーはお妃候補の品定めが目的ですよ。自分以外は皆敵と思ってのぞんでくださいまし」
「私お妃さまになんてなりたくないもーん。個人事業主になって、お掃除代行サービスやりたいな……あら、こっちにも埃が」
「って、胸元から松◯棒出さないでください! 油断も隙もない。付き添いが認められるなら、私がお嬢さまを監視して差し上げられるのに」
「怖いこと言わないで。ちゃんと大人しく壁の花をしておきます」
「壁の花なんて! ご主人さまは、お嬢さまにお妃になって欲しいんですから」
「お妃なんて、他国に攻め入られた時真っ先に首チョンパか、侵略国の王の妾にされるのよね。やっぱり私、個人事業主がいいわ」
「もぅ、ダメに決まってるじゃないですか……」
一方、今日の主役である王子の部屋では。
「嫌だ、嫌だ。三次元の娘は好み以前の問題なんだ。二次元じゃないと駄目なんだ」
王子が駄々を捏ねていました。
「諦めなさい、王子。お前には世継ぎをもうける責任がある」
「叔父上がいるじゃないですか」
「あいつはこの間王位継承権を放棄した」
「えっ!」
「今後は田舎で養蜂を極めたいそうだ。つまり王になれる者はお前以外もういない。頼む、国のことを考えてくれ」
「だったら、王政もやめましょうよ。父上〜」
「あのな、王という職業はつぶしがきかん。靴屋になるにも料理人になるにもそれなりの努力が必要だ」
「努力……世界で一番嫌いな言葉です」
「だろう、だろう。人には向き不向きがある。ウチは代々王様が家業なのだ。王向きに人間ができておる。諦めよ」
「嫌です〜」
やがて、パーティーがはじまります。
王子は休む間もなく次々貴族の娘が紹介され、ダンスの相手をしなければいけません。
娘たちが王子に群がる中、エラは一人城の中を探検していました。
とりあえず、鍵のかかっていない部屋は全部開けて見ます。
「ここも、ここもだめ。全部片付いている。さすが王様の住む家ね。あー、面白くない」
と、唇を尖らせたエラでしたが。
ピタリと足を止めると、
「あら? 私の勘が掃除するべき場所があるって言ってるわ」
と、歩きはじめました。
行き着いたのは、王子の部屋。もちろんエラは、そんなこと知りません。
エラは室内を見渡すと、ググッと拳を握りしめました。
部屋の中にはものすごい量のアニメグッズがうず高く積み上がっています。床にも書棚にもお構いなしに。
王子様はアニオタだったのです。
「うーん。すごいちりかり方ね。腕がなるわ」
エラが、王子の部屋に来て一時間後……。
パーティー会場で、娘たちのおしゃべりと、自慢話に疲れ切った王子は、「ダンスで汗をかいたので着替えます!」と、自室に逃げ帰ってきました。
ガチャっとドアを開けて目に入った光景に王子は、
「ワッ、君何やってるんだ」
と、叫びました。
見知らぬ娘が自分の部屋にいる!?
というか、なんてことだ! 部屋の中が片付いている……。
「まさか王宮にこんなに掃除しがいのある部屋があるとおもってなかったから、掃除しているだけです」
王子が呆然と立ち竦むと、娘は清々しい表情で額の汗を拭いました。
「こっ、ここはボクの部屋だぞっ。勝手に入っていい場所じゃないんだぞっ」
動揺して、王子は舌を噛んでしまいました。
「だって」
「だってじゃない。ここにあるものの価値がわからないような人間に触れさせるわけにはいかないんだっ。執事にすらボクの部屋には入らせなかったのに。今日は最悪だ。父上が来て、君が来て。ボク以外の人間の入室が二人も! うぅ」
頭を掻きむしった王子の動きが、不意に止まります。
彼の視線が、飾り棚に並べられた美少女の特大アクリルスタンドや、すさまじい数の缶バッジをとらえたからです。
「すごい……祭壇だ」
「お好きで集められるのはいいですけど、それなら楽しめるように片付けませんと」
「う……。ボクだって、こうしようと思っていたんだぞ」
と、言った王子にエラはサッと背中を向けました。今は怒っていないようだけど、後から何か言われたら面倒だから逃げようとしたのでした。
「じゃ、私パーティー会場に戻ります」
その手を王子がはっしとつかんだ。
「待て。君……名はなんという?」
以上が、〇〇国、王と王妃の馴れ初めでございます……。
〈了〉
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