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「お詫び…ですか?」
「うんそう。なにか知恵貸してよ。なっちゃん。」
30半ばの自分を「ちゃん」付けで呼ぶ、上司柏木の言葉に、安藤夏子は小首を捻る。
「と言うか、入院先にそのようなものを渡されても、恐らく受け取れませんと突き返されますよ?しかも、早期発見の盲腸…入院期間も短いですし、そこまで検事が義理を尽くす必要はないかと…」
「いやいや!僕のことじゃなくてさ!棗にだよ!!」
「棗検事に?何でまた。」
「何でって…君知らないの?棗、僕が入院したせいで、仕事のキャパシティオーバーして、こないだ過労で倒れたんだよ!?だからさぁ、なんかお詫びみたいなの、しなきゃなぁって…」
「はぁ…ですがお言葉ですが、それは棗検事が自己管理を怠った、言わば自業自得ですよね?刑事部長も、棗検事なら捌いてくれると信用して任された訳ですし、検事ご自身が気を揉む要素はないと思いますが?」
「じ、自業自得って…キミホント、時々引くくらい辛辣だよね…まあ、なんにせよとにかくさ。このままだと僕座りが悪くてさ、スッキリさせたいんだよ。棗が新婚旅行で休暇入るまでに、何とかしたいんだ。ねぇ頼むよ。なんとかならない?なっちゃん。」
「それって、実質あと少しじゃないですか!なんでもっと早く仰って下さらなかったんですか?!」
詰め寄る夏子に、柏木は椅子の上で小さくなる。
「だって、なっちゃん毎日言ってるじゃない。仕事場に私語と私情は持ち込まないでくださいって。だから…なかなか言い出せなくて…」
「そりゃそうですが…まあ、議論してても仕方ないです。早速私、帰りに百貨店のギフトコーナーでも覗いてきます。ご予算は?」
「うーん。結婚も何にもしてやってないから、これくらい?」
言って両手を掲げるので、10万円かと悟り、夏子は盛大にため息をつく。
「私なら、それを祝儀袋に入れてポンで満足ですが、検事はそうはいかないんですよね?」
「うん。出来れば記念品が良いな。形に残るもの…」
「自分が職務中に倒れた不名誉な記念ですか?あり得ないですよ。無難に結婚祝いになさったらどうです?」
「う、うーん。まあ、ちょっと目的ずれちゃうけど、それが一番なのかもしれないね。分かったよ。その方向で、リスト作って来て。最終的には僕決めるから。」
「了解です。じゃあ、この話はここまでですよ?先程の案件の証拠固め、行きましょう。」
「う、うん…」
*
「えっ?ウチの検事に?」
「そ。蛇の道は蛇。あなたなら分からないかなって。なんかない?あの検事の好きそうなもの。」
「検事の好きなもの…ねぇ…」
正午のランチタイム。
行きつけのイタリアンで食事を終えた佐保子に事情を話して夏子は聞いてみると、彼女は小首を捻ってポツンと呟く。
「酒?」
「よね。棗検事って言ったら、それよね。ただ、今回は形に残るものが良いらしいの。なんか言ってない。あれが欲しいとか…これにハマってるとか…」
「う、うーん……あのバカ検事、そう言うのホント職場では言わないのよね。趣味ってたしか、古寺巡りだったような。あとは最近は、奥様の話ばっかり。あれ買ってやりたい。これ買ってやりたいって。…そういえば、あそこのあれが可愛かったから、次の給与出たら買ってやりたいって、言ってたかな?」
「それってどこ?」
「確か…百貨店街の目抜き通りのショーケースに飾れてた…精油セット。珍しい精油が何点か入ってるし、香炉が可愛いからって…奥様、アロマオイルとかハーブとか、好きみたいよ。それに感化されたみたいで、最近はマイボトルの中身も、奥様手製のハーブティーになったような。」
「ふーん…」
あのお調子者の…婚約指輪買うのにもビビっていた男がハーブとは…
随分成長したもんだと心の中でため息をついて、夏子はとりあえず、そのショーケースのある百貨店へ行ってみようと決めた。
*
「あぁ、まあ、そうよねー」
夕方の百貨店街の目抜き通り。
ショーケースの精油セットに貼られていたのは、限定100と言う札と、完売しましたの札。
珍しい精油が入っていると聞いた時、なんとなく予想していたが、何もこんな時に、自分のしょうもない勘が働くとはとため息をこぼし、振り出しに戻った記念品探しをしようと踵を返した時だった。
「あれ?安藤さんやん。どないしてん。こんな時間に。」
「な、棗検事…」
思わぬ本人との遭遇に、夏子は思わず肩を窄める。そんな彼女に構わず、藤次は彼女が見ていたショーケースを見やる。
「なんね。安藤さんも、これ目当てかい。ワシ3セット予約してるさかい、良かったら譲ったろか?」
「さ、3セット?!なんでまた…」
「そやし、絢音に話したらえろう気に入ってな。なんやゲットウ?言うたかな。その精油が、なんか結構効能が自分に合うとる言うから、まとめ買いしたった。別に腐るものやあらへんし、喜ぶ顔…みたいやん?」
「は、はあ…」
相変わらずと言うか何というか…婚約指輪の時もそうだったが、目の前の…この男の惚れた女への金の使い方はどうかしてるんじゃないかってくらい派手で、少し引き気味で彼を見ていると、藤次は小首を傾げる。
「なんね。ワシの顔に、なんぞついとんか?」
「いえ。別に…」
「藤次さん!」
「!」
通りの方で声がしたので瞬くと、秋風に髪を靡かせながら、絢音がやってくる。
「あら。安藤さん。こんばんは。」
「これは、奥様…ご無沙汰しております。」
「いやあだ。絢音と呼んで頂戴?友達じゃない。」
「そう言うわけにはまいりません。仮にも上司の奥様ですから…」
「そう…」
そう言って絢音はシュンとしょげるので、夏子は眉を下げて笑う。
「じゃあ、私も夏子と呼んでください。それなら、応じます。」
「ホント?!嬉しい!じゃあよろしく!夏子さん!!」
「はい。絢音さん。…それよりも、今日は金曜日ですし、お2人でデートですか?」
「まあな。前々から行きたい思うてた古寺が、今日からライトアップするらしいて聞いたから、紅葉狩りがてら、行ってみようかなてな。そやし、まだ時間あるさかい、なにしよ。買い物でもするか?お前欲し言うてたやろ。ティーセット。」
「そうだけど、紅葉狩り行くのよ?割れ物持ち歩いてちゃ落ち着かないわ…」
「!」
ピクッと、夏子のこめかみが僅かに動く。やや待って、彼女が徐に口を開く。
「あの…その時間、良かったら私に…使ってもらえませんか?」
「へっ?」
瞬く2人に、夏子は続ける。
「実は…」
*
「ティーセット?」
「はい。結婚と言えば新生活。新しい食器は喜ばれると思いますよ?棗検事の担当事務官に探りを入れましたら、検事も奥様も、コーヒーやハーブティーを嗜まれるとのことですし、如何でしょう?」
「ふーん…結構ブランドものあるんだね。趣味も良いものばかりだし、なっちゃん詳しいの?こーゆーの。」
リストをしげしげ見つめながら発した柏木の言葉に、夏子はギクリと肩を震わせる。
「い、いえ。百貨店の店員の受け売りです。…で、いかがですか?」
「…うん。この中から選ぶよ。やっぱりなっちゃんだね!頼りになるよ!!ありがとう!」
「い、いえ…恐縮です。」
「?」
いつもなら、お世辞なら結構ですとクールに切り返して来る彼女らしからぬ殊勝な言葉に首を傾げながらも、柏木はリストを眺めて思案を始める。
そんな彼を見ながら、夏子は昨日の藤次達とのやりとりを思い出す。
「(10万円なあ…現金でくれた方が新婚旅行に使えんのに…)」
「(良いじゃない。記念品なんて、いくらあっても素敵だし…ねぇ、こっちのアンティーク調とかどう?コーヒーにも似合うと思うけど?)」
「(うーん。せやったらこっちの…子供用カップのついたやつがええわ。子供出来ても、使えるやろ?)」
「(………いやだ。夏子さんの前で子供だなんて、恥ずかしい…)」
「(なんで?旅行先で、もしかしたら出来るかもしれへんで?なあ、ええやろ?これにしよ?)」
「(でも…)」
「…なっちゃん?」
訝しむ柏木の声で我にかえり、夏子は慌てて一礼してデスクに戻る。
「(……ホント、目も当てられないくらい、人目も憚らずイチャイチャと。そりゃあ、相談乗って下さいって言ったのは私だけど…まったく、あのお調子者の遊び人が、随分な変わりようだこと…)」
昨日の、2人に協力してもらいながらリストを作っていた際のイチャイチャぶりを思い出して、ため息一つついて、自分も夫に対して、もう少し素直になってみようかなと思いながら、窓から覗く銀杏を眺めて、夏子は2人の新婚旅行の無事を祈った。
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