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「嘉代子さん、大丈夫?」
寒い冬の日。
額に冷感シートを貼り、ぐったりと横たわる妻に、真嗣は不安そうに寄り添う。
「ただの風邪よ。寝てれば治るわ。ただ、加奈子にうつったらいけないから…」
「うん。寝室には入って来ないように言ってる。」
「ありがとう…」
「少し寝たら?ご飯、僕するから。」
「うん…」
頷き、うとうととまどろみ始めた妻を残して、真嗣は寝室を後にする。
「ママ…大丈夫?」
「加奈子…」
隣のリビングに行くなり、娘の加奈子が足元にまとわりつき、心配そうな眼差しで自分を見上げるので、真嗣はしゃがみ込み、彼女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ?ママは大人だから、加奈子の嫌いな苦いお薬も飲めるし…直ぐに元気になるよ。」
その言葉に、加奈子はプウッと頬を膨らます。
「加奈子だって、お薬飲めるもん!」
「ハハッ。そうだったね。ごめんごめん。」
言って、もう一度頭を撫でながら、真嗣はキッチンへと向かう。
「さて、何作ろうかなぁ〜。加奈子は、何食べたい?」
その問いに、加奈子はきょとんと目を丸くする。
「パパ、お料理できるの?」
その言葉に、真嗣は苦笑いを浮かべる。
結婚してからと言うもの、家事も育児も妻に任せきりだったので、気付けばパパは仕事で家にいないのが当たり前になってしまった。
そんな娘に、少しでも父親らしいことをしてやりたい。
そう思い、真嗣は加奈子と視線を合わせて、そっとウィンクしてみせる。
「任せて。パパこう見えて魔法使いだから。加奈子の好きなもの、なんでも作ってあげるよ?」
「ホント!?」
「うん!何食べたい?」
「じゃあ、ハンバーグ!!」
目を輝かせてリクエストする娘の頭を軽く撫でて、真嗣は冷蔵庫を開ける。
「…………げ。」
しまったと、真嗣は冷蔵庫の中身を見つめて焦る。
ハンバーグのメイン食材、挽肉がないのだ。
あるのは木綿豆腐と、サバ缶。
後ろには、期待に目を輝かせる娘。
今更出来ないなど言えない。
そんな時だ。事務所の秘書がお弁当タイムで話していたとあるレシピを、真嗣は思い出す。
「あれ…いけるか?」
呟き、真嗣は木綿豆腐とサバ缶と玉ねぎを取り出して、調理を始める。
「お魚のハンバーグ?」
背伸びして、カウンターに置かれたサバ缶を見て問いかけてきた娘に、真嗣は恐る恐る聞き返す。
「そう。嫌い…かな?」
「うー…」
複雑そうな表情をする加奈子。しかし、最早頼みの綱は頭の中のレシピのみ。
美味しかったと言う秘書の言葉を信じて、真嗣は加奈子に得意げに言う。
「大丈夫。言ったろ?パパは魔法使いだって。どんな材料でも、美味しくしちゃうよ?」
「ホント?」
「うん。」
頷き、真嗣は材料の混ざった種を成形し始める。
「あ!加奈子もやる〜!」
「そう?じゃあ、踏み台持っておいで。」
「うん!」
そうして2人で成形したハンバーグをフライパンで手早く焼き、醤油とみりんで味付けしたサバ缶ハンバーグを食卓に並べる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「さあ、食べてごらん?」
「うん…」
おずおずと、フォークとナイフで切り分け、小さくなったハンバーグを口に運ぶ加奈子。
やや待って、みるみるその顔に笑みが浮かぶ。
「美味しい…!」
その言葉に、真嗣はホッと胸を撫で下ろし、窮地を救ってくれた秘書に、お菓子の一つでもプレゼントしようと心に誓う。
ふと、窓の外を見やると、ちらほらと舞う、白い結晶。
「ほら!加奈子見て!雪!」
「わあっ!」
綺麗だねと笑い合っていた在りし日の思い出から帰還し、真嗣はスーパーの棚に並んでいたサバ缶を手に取る。
「今度、久しぶりに電話してみようかな?」
離婚した夫が、今更なんの用だと妻に怒られそうだが、今日みたいな寒い日は、なんだか人肌恋しくなる。
マフラーに首を窄めながら家路に着くと、玄関先で藤次と鉢合わせる。
「おう。お疲れさん。」
「うん。おつかれ。」
今日も疲れたわぁと、玄関に靴を乱暴に脱ぎ捨てて行く藤次のそれを揃えて、真嗣も後に続く。
「今日メシは?」
「ん?えーっとね。サバ缶のハンバーグ。」
その答えに、藤次は渋い顔をする。
「ワシ…青魚あかんねん。」
その言葉に、真嗣はクスリと笑って、エプロンを結ぶ。
「任せて。僕、魔法使いだから。」
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