鯖缶の思い出〜父と娘の特別なレシピ〜

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「嘉代子さん、大丈夫?」 寒い冬の日。 額に冷感シートを貼り、ぐったりと横たわる妻に、真嗣は不安そうに寄り添う。 「ただの風邪よ。寝てれば治るわ。ただ、加奈子にうつったらいけないから…」 「うん。寝室には入って来ないように言ってる。」 「ありがとう…」 「少し寝たら?ご飯、僕するから。」 「うん…」 頷き、うとうととまどろみ始めた妻を残して、真嗣は寝室を後にする。 「ママ…大丈夫?」 「加奈子…」 隣のリビングに行くなり、娘の加奈子が足元にまとわりつき、心配そうな眼差しで自分を見上げるので、真嗣はしゃがみ込み、彼女の頭を優しく撫でる。 「大丈夫だよ?ママは大人だから、加奈子の嫌いな苦いお薬も飲めるし…直ぐに元気になるよ。」 その言葉に、加奈子はプウッと頬を膨らます。 「加奈子だって、お薬飲めるもん!」 「ハハッ。そうだったね。ごめんごめん。」 言って、もう一度頭を撫でながら、真嗣はキッチンへと向かう。 「さて、何作ろうかなぁ〜。加奈子は、何食べたい?」 その問いに、加奈子はきょとんと目を丸くする。 「パパ、お料理できるの?」 その言葉に、真嗣は苦笑いを浮かべる。 結婚してからと言うもの、家事も育児も妻に任せきりだったので、気付けばパパは仕事で家にいないのが当たり前になってしまった。 そんな娘に、少しでも父親らしいことをしてやりたい。 そう思い、真嗣は加奈子と視線を合わせて、そっとウィンクしてみせる。 「任せて。パパこう見えて魔法使いだから。加奈子の好きなもの、なんでも作ってあげるよ?」 「ホント!?」 「うん!何食べたい?」 「じゃあ、ハンバーグ!!」 目を輝かせてリクエストする娘の頭を軽く撫でて、真嗣は冷蔵庫を開ける。 「…………げ。」 しまったと、真嗣は冷蔵庫の中身を見つめて焦る。 ハンバーグのメイン食材、挽肉がないのだ。 あるのは木綿豆腐と、サバ缶。 後ろには、期待に目を輝かせる娘。 今更出来ないなど言えない。 そんな時だ。事務所の秘書がお弁当タイムで話していたとあるレシピを、真嗣は思い出す。 「あれ…いけるか?」 呟き、真嗣は木綿豆腐とサバ缶と玉ねぎを取り出して、調理を始める。 「お魚のハンバーグ?」 背伸びして、カウンターに置かれたサバ缶を見て問いかけてきた娘に、真嗣は恐る恐る聞き返す。 「そう。嫌い…かな?」 「うー…」 複雑そうな表情をする加奈子。しかし、最早頼みの綱は頭の中のレシピのみ。 美味しかったと言う秘書の言葉を信じて、真嗣は加奈子に得意げに言う。 「大丈夫。言ったろ?パパは魔法使いだって。どんな材料でも、美味しくしちゃうよ?」 「ホント?」 「うん。」 頷き、真嗣は材料の混ざった種を成形し始める。 「あ!加奈子もやる〜!」 「そう?じゃあ、踏み台持っておいで。」 「うん!」 そうして2人で成形したハンバーグをフライパンで手早く焼き、醤油とみりんで味付けしたサバ缶ハンバーグを食卓に並べる頃には、外はすっかり暗くなっていた。 「さあ、食べてごらん?」 「うん…」 おずおずと、フォークとナイフで切り分け、小さくなったハンバーグを口に運ぶ加奈子。 やや待って、みるみるその顔に笑みが浮かぶ。 「美味しい…!」 その言葉に、真嗣はホッと胸を撫で下ろし、窮地を救ってくれた秘書に、お菓子の一つでもプレゼントしようと心に誓う。 ふと、窓の外を見やると、ちらほらと舞う、白い結晶。 「ほら!加奈子見て!雪!」 「わあっ!」 綺麗だねと笑い合っていた在りし日の思い出から帰還し、真嗣はスーパーの棚に並んでいたサバ缶を手に取る。 「今度、久しぶりに電話してみようかな?」 離婚した夫が、今更なんの用だと妻に怒られそうだが、今日みたいな寒い日は、なんだか人肌恋しくなる。 マフラーに首を窄めながら家路に着くと、玄関先で藤次と鉢合わせる。 「おう。お疲れさん。」 「うん。おつかれ。」 今日も疲れたわぁと、玄関に靴を乱暴に脱ぎ捨てて行く藤次のそれを揃えて、真嗣も後に続く。 「今日メシは?」 「ん?えーっとね。サバ缶のハンバーグ。」 その答えに、藤次は渋い顔をする。 「ワシ…青魚あかんねん。」 その言葉に、真嗣はクスリと笑って、エプロンを結ぶ。 「任せて。僕、魔法使いだから。」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!