第壱乱 転移

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 外は照明(スポット・ライト)を落としたかのように暗闇に呑まれ、先程まであった人の声は、完璧に消え去っていた。部屋は、静寂であった。  まさに、人の住まぬ街のように…耳がおかしくなったのではと、疑ってしまう。  すると、台風のような風が部屋へと舞い込む。その風音(カザオト)が、物少ない部屋に響く。窓を閉めようとベランダに近づけば、風で(ナビ)くカーテンの後ろに、大きくて不気味な人影が潜んでいた。  恐る恐るカーテンの端をつかみ、目をつむりながら勢いよく開けた其の向こうには…一人の男が、ベランダの作に腰掛けていた。  そして彼をメインとして、ステージは証明を当てていた。バックから来る、月のような光が彼を美しく、怪しげに照らす。彼は…のようだ―そう、影晴は思った。  男の顔には仮面がついていた。それもとても独特で、忘れることがなさそうな印象的なもの。わざと、これに意識を持っていかせ、自分を隠そうとしているように思えてしまう―少し、考えてしまった。この仮面は、黒くて長いくちばしがついている。やはり、目が惹きつけられた。  彼の体には、これまた黒いマントを(マト)っていた。  ―なぜ人間(ヒト)がこんなところに?  いや、彼は人間ではないのかもしれない。―  影晴がそう考えてしまうように、彼の見た目は異様だった。  なぜなら、背中からは息を呑むほどに大きく、美しい濡れ羽色の翼。それはまさに『』の翼と言えよう。  そんなファンタジーな発想でも、実際彼はそのようにしか表現できない。『”アノ”羽は偽物なのではないか?』という疑問が出てくるのも無理はないかもしれない。  しかし、あれがもし『今現在動いているとしたら?』そう言えるだろうか。  否、言えないだろう。  そして、その考えが正しいと断言できる理由はもう一つある。それは人間が、不法侵入でここに勝手に入るなど、まず有り得ないという事だ。この明らかに目立ってしまう格好で、誰が人のうちにのこのこと上がろうというものか。しかもここはアパートの二階だ。そのような事をする阿呆がいるはずない―といえる自信が、影晴にはあった。  つまり、こいつがならば、全ての辻褄が合うのだ。  そして―ヒョコっと影晴が彼の横に顔を出し、ベランダの向こうを見る。やはり、街には人っ子一人通っていない。そして、不思議な空気に包まれている。まるで結界が張られたように。しかもこの男にだけ光は当てられている。こんな事ができるものが人間であって貯まるものか―とオカルチックではあるがそう考えた。  そうやって、一通り男の検討をつけると、 「ん゛ん゛」  彼はわざとらしく顎に手を添え、口を覆うようにして咳払いをした。 「探偵さん、私が誰かわかったかね?」 「は、はい」 「そうかい」
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