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彼は仮面の下でニヤリと微笑み、左口角を上げる。彼の声は、とても低く、想像通りといった感じだ。
「それでは仕事に入ろう……お前が『風洞院』の養子、風洞院 影晴という男か」
「……………はい、そうですが?」
彼が男というのも、無理はなかった。しかし、だからといってやはり男と言われるのは今の彼にとって気分が悪く、少し睨みながら言ってしまう。
だが、彼はそれすらも愉快に思っている様子だった。
「お前は、私の仕事先の条件をすべて通過したのだ。そんな人間は早々見ない。
そのため…喜べ、お前は品になるのだぞ」
「な、何を言って―」
「そのままだ」
突然の彼の話に、影晴は頭が回らなかった。まず品とは何? 何処に連れて行かれるの?―溢れる疑問と不安に、答えを差し伸べてくれるものは一人もいなかった。
話はどんどん進んで行く。
「安心しろ、お前がしっかり自分の価値を人に示せば必ず人はお前を選ぶだろう。人間が売られることは滅多にない。しかもこんな”上玉”のな」
「え…? というか、どうして自分が選ばれたんですか?」
「何を言う? そんなこと、お前が一番理解しているはずだろう?」
「…!」
彼の言っていることは、間違っていなかった。
拾われて間もないうちに『アレをやれ、コレをやれ』と言われ続け、自分の知らぬ間に自分の事を『ああだよね、こうだよね』と言われてきた。
そうやって人を信用できなくなり、心はだんだんと弱り、薄れていった。
結果―人が嫌いになった。
―そうやって、人との関わりを自ら切ろうといしているものならば、
どう炒めることも可能だ―
彼はそれが言いたいのだろう。
「御名答!…と言いたいが、少しお前は間違っている」
「え」
「私はお前を炒める気など更々ない。」
「…」
彼は私の心を読み、考えを見た。そんな事をすることができるらしい。しかし、その上で否定した。もしかしたら―いや、そんなはずないか。影晴は軽く頭を振った。
「どうして、お前が今のような状況に至ったのかは知らん。”アイツ”の書いた書類に載っていなかったからな。」
「アイツ…」
彼は、ファイルのようなものに挟まれた資料を影晴に見せながら話す。
「しかし―」
「ひゃっ!」
彼は影晴をすくい上げるように上げるようにしてお姫様抱っこし、自分の顔を影晴に近づける。仮面の区の瞳は、こころなしか影晴を愛おしく見つめている気もする。
「自分の価値がお前は”今は”理解していないようだが…私とくればそれがわかる。
決して悪い話ではなかろう?」
「…」
彼鉢に盛った書類を顎に当て、口元にニヤリと笑みを浮かべる。目が笑ってなく見えるのは、今もやはり彼を不気味に思ってしまっているからだろう。
この話、改めて考えれば彼の言う通り、たしかに悪い話ではないかもしれない。むしろ好条件とも言える。
影晴自体は、何処に連れて行かれ、何をされるかはまだわからないが、することは売られればいいだけのこと。
その後がどうなるかは、今の彼には考えられない領域だろう。
そして、彼は答えを出した。
「わかりました、受けましょう」
その答えに再び深く、男は笑みを浮かべた。
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