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1、幸運なガチャ運
私の名前は雷堂零。26歳。大手会社に務めるOLだ。と言っても、ただの社畜同然である。大学を卒業し、いざ社会人として働いてみれば……ただ家畜同然に働く私の姿しかなかった。
いつ見ても、顔は疲れきっており化粧を施したからと言ってコンシーラーですら隠せない程のクマ。私だけでなく他の社員もそうだった。唯一、健康そうなのは部下に仕事を押し付ける上司である。1人だけ定時で上がり、部下には雑用を押し付けて帰る能無し上司。働かざるもの食うべからずという言葉は上司のためにあるような言葉だ。
そんな仕事に追われている私にも息抜き出来るものがあった。まぁ、たまにしか帰って来れない日にできる私の唯一の癒し。それが、ホワイトレストオンラインというRPGゲームだった。
物語は、この世界を侵食する魔王を倒して平和にするという極々普通のRPG設定だった。このゲームは自分を細かくカスタマイズでき、性別どちらでもOKでいつでも性別や髪型等1部のものであれば変更が可能だった。
それ以上を変えたい時は課金するか、無料配布チケットで変更ができた。そして、極めつけが仲間達。仲間はガチャから入手可能で武具や武器、アクセサリー等はゲーム内通貨で購入必須となっていた。最近のゲームでは珍しいシステムだったと思う。
大抵、武器武具もガチャで排出されるというシステムが多かったからだ。そして極めつけ嬉しいシステムが、マイハウスシステム。自分の家を持つことが出来、しかも!ガチャを引いた中のキャラクターであれば同棲が可能。マイハウスに行けば、自分の好きなキャラクターが寛いでいたり、はたまた料理していたりと色んなモーションが見れるに加え何と会話も可能。
そして極めつけ凄かったのが課金すれば、そのキャラと本当に話しているかのように話せること。定期文とは別に、自分で文章を打ち込めたのだ。例えば、「今日は仕事で疲れた」と打ち込むと「お疲れ様、よく頑張ったね」と返事が貰える。たまに変な回答になる時は多々あった。それは仕方ないと思う。
それと、ボイスありとなしの時もあったけれど…その言葉を貰えるだけで、私は頑張ろうと思えたのだ。だって、画面の中の彼や彼女達…皆が好きすぎて……。オタク用語で言うと最推しになる訳だが1推し2推し3推しといて……毎回みんなに愚痴を聞いてもらっては、慰めてもらっていた。
愛しい我が子達!!貴方達のために……私、仕事…頑張るから!!!
既に頑張りすぎていることにも気付かず、何年も栄養が足りてない体はそんな持つはずもなく。仕事帰りのある日。会社を出て、数分経った頃。
視界がぐにゃりと歪み────
「え………?」
私は冷たい床に、倒れ込んだと思ったが私の頬に伝わる感覚は柔らかい土?のようなもので……あれ、目の前には草?なんで草?そして、空気が美味しいと感じる不思議さ。何でだ?と心の中で首を傾げていると目の前に可愛い男の子が現れた。
「あれぇ?お姉さん、死んじゃってるの?生きてるの?どっち?」
倒れている私を覗き込んできて質問された。それは、私が聞きたい。
「まぁいいや、うーん。お姉さんの体、弱すぎだね。これじゃあ街にも行けやしない。本当は街についてからにしようと思ってたんだけど。今、引かないと…この世界で死んじゃうよね。それは、困る。せっかく呼びつけた訳だし」
なにか1人でごちゃごちゃと喋っている可愛い男の子。いや少年か。服は天使とかが着てそうなイメージだけど。まぁ…どうでもいいや、私は過労死するんだろうしと単純にそう思った。
頭は重いし、体はだるいし、力も入らないし意識が遠くなりかけている。唯一…死ぬ間際に願うなら、最後に推しと会話をしたかった。「死ぬ間際まで頑張りましたね」と言われたかった。ほかの推し達にも、「零は十分、頑張ったよ!もう休んでいいんだよ!」って言って欲しかった。想像の中でしか、私は安らぎを得られな────
「ちょっとちょっと!勝手に死なれても困るの!声ぐらい出せるでしょ!零!ガチャ引くって言って!!」
「……ガチャ……引く……?」
私は自分の名前が目の前の少年に呼ばれた事にも気付かず、復唱と言うより疑問形で聞いた。
『音声を認識しました。10連ガチャを引きます』
聞き覚えのある機械音声が聞こえた。
『SSR クロード・モネ 天才執事』
『SSR カルセル・エグドリア 破滅の魔道士』
あれ?なんで最推しと…1推しの名前が……そこで私の意識はぱったりと途絶えた。
───
─
視点は変わり、横たわったままピクリとも動かない零を冷静に見つめる少年が呟いた。
「あっちゃーこれは気絶じゃなくて、死にかけてるね。ていうか、最初の10連で2体もSSR引くとか超幸運じゃんか。しかも、破滅の魔道士って今の君が最も必要としてる子だしね。えっと…残りは?」
『SR 燕尾服』
『SR ローブ』
『SR 密偵の暗器』
『SR 調和の杖』
『R 守護のお守り』
『R 魅惑の腕輪』
『R 力のイヤリング』
『R 生命のネックレス』
『R 魔のイヤーカフ』
「うっはー!!凄?!なに、この強運は!いやいや、君を呼んでホントに良かったよ!僕の目に狂いはなかったって事だね!!って死にかけてるんだった!」
『武具、武器、アクセサリーはイベントリに自動的に収納します』
その言葉が言い終わったと同時に、意識を失って死にかけている零の目の前に1人の青年と少年が現れる。
「ん………?」
「────?!ご主人!?」
「あ、君達のご主人ね死にかけてるんだよ。カルセルだっけ?早く治療してあげて」
「アンタに言われなくても──!!回復!」
零の体は淡く光を放ち、先程まで呼吸をしているのかしていないのか手で近づけて確認しないと分からないくらいに衰弱していたのだが、落ち着いた呼吸音が聞こえてきた。そこで、カルセルと天使のような服を着た少年はホッと息をついた。
「ふぅ、助かった。僕はどうしても…そちらの世界に干渉出来ないからね」
「アンタは誰だ」
「僕?この世界を作った管理者だよ」
「では、管理者様。何故、ご主人様がこちらにいらっしゃるのですか?」
青年は天使のような服を着た少年に問いかけた。
「彼女は、僕が選んだ……この世界を救う者だよ。彼女が聞けない代わりに、君達に話しておこう」
そう彼は言うと淡々と語り始めた。
「この世界は、崩壊へと向かっている。そこで君達の出番だね。この世界の危機を救って欲しいんだよ。だから、適正のある彼女をこの世界へと呼んだんだけど……まさに死にかけててギリギリ間に合ったという訳だ」
語り始めたと言うより、簡潔すぎて目の前にいる青年と少年は目が点になった。
「かなり簡潔に仰られましたね」
「その世界の危機の原因は何なんだよ」
「えぇーそれ言ったら面白くないじゃん。それに、彼女なら分かってるよ。目が覚めたら聞いてみるといい」
「ご主人様が分かっているのであれば、今…話しても良いのでは?」
「それもそうだけど、彼女も起きた時に戸惑うでしょ?会話の糸口になるもの1つぐらい残しといてあげなきゃね?これも僕による配慮だよ?」
「そんな配慮いらねーよ!」
「ふふ……でも、この子はホントに運が良い。君達、1部キオクがあるんだろう?」
「「………………」」
「ほら、図星だ。そうだろうと思ったよ。普通なら記憶が、ないんだけどねぇ………。まぁでも、見たことも無いはずなのに理解出来たのは、この僕の能力のおかげかな?感謝してよね、お姉さん」
この場で零が聞いていたなら、こう言っていたはずだ。「感謝します。推しに会わせてくれてありがとう」と。
「ご主人に触れようとするな!」
天使のような服を着た少年が零に触ろうとしていたので、少年がキレたのだ。
「あらあら、そんな猫みたいに怒らなくても。君たちにとっても嬉しいことじゃないのかな?だって、君達のホンモノのご主人様に会えたんだから」
「ぐっ………」
「これからは、私達が命にかえてもご主人様を御守りします。貴方は、さっさと消えて下さい」
青年は目に怒気を滲ませながら、天使の服を着た少年に低い声で唸った。
「もう~2人とも、つれないなぁ……まぁ、ここは一旦退散してあげるよ。どうせ、また彼女と話さないといけないし。あ、そうそう…!ここから、西に行けば街があるよ。そこで宿を取るといい。所持金もいるしね。最初の特典で多めに渡しといてあげる!これも僕からの選別祝いだよ!」
5万¢を青年に預けると、彼は「じゃ!」と言葉を残して、2人の前から消えた。
「まずは、宿へ行きましょう」
「そうだな。徒歩だと時間がかかる。魔法で転移する。いいか?」
「はい。ご主人様には、それが一番負担が掛かりませんしね」
「あぁ」
そうして、少年は青年と共に街へと一瞬で移動した。
───
──
彼らは、宿に着くまで街の人の目を引いた。見目麗しい男子が2人で歩き、もう片方の青年が女性をおぶっているのだから誰もが気になってチラチラと見ていたのである。本当はそれだけじゃなく、おぶわれている彼女の服装が珍しかったのも原因のひとつではあるのだが。2人が辿り着いたのは、そこそこ良さそうな宿屋だった。
「部屋はとれるか?」
「あいよ、3人かい?」
「あぁ」
「一室でいいのかい…?」
その質問には青年が答えた。
「はい。構いません」
「分かった……飯をつけるなら、1人1泊50¢だけど、どうする?」
「それで構いません」
青年は承諾の言葉を伝えた。そして鍵を少年が受け取る。
「前払いで150¢な」
「あいよ!」
少年は彼女を寝かせるべく急いで寝室へと急いだ。後に青年が続く。
ガチャッ……!
「よし、寝かせていいぞ」
「はい」
「とりあえず結界、貼っとくか」
「お願い致します」
「防御壁」
部屋の中に結界が貼られた。そうして、2人はマジマジと彼女の顔を見た。彼女が起きていたなら確実に発狂しているところである。
「ご主人……すげぇ疲れた顔してる」
「クマが酷いですね、これは何としてでも休息をとって頂かなければ」
「そうだな。毎度、俺らに会う度に『疲れた』って言ってたしな」
「そうですね、労いの言葉をかけると『ありがとう、君達の為に頑張ってくるわ!』と言って落ちられましたからね」
「そうだな。その頑張りが、死に繋がるなんて思いもしない。そもそも関わらることすら出来なくて、俺達は言われた通りに動く駒だからな」
少年は悲しそうな声でそう言った。その言葉に青年も同意する。
「そう……ですね。ですが、今…私達は思った通りに行動出来ている。違いませんか」
「そうだな、動けてる。ご主人が目覚める前に出来ることは俺たちでしとこう」
「勿論です」
彼らは、それぞれ役割分担して服と食料、回復薬などのアイテムを購入しに街を歩き回ったのであった。
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