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2、狸寝入り
何だか、温かい。体がふわふわとしている気がする。そして、私の大好きな最推しと1推しの声が聞こえる。会話はこうだ。
「ご主人、全然目を覚まさねぇな」
「そうですね、それ程…疲れてらっしゃるのでしょう」
「そうだな……飯はどうするんだ?」
「ご主人様は、食べるのが少食かと存じますので……まずは、胃に負担がかからないものにします」
「ん。ゆっくりいっぱい食べていけるようになって貰えればいいしな」
「はい」
あー推し2人が会話してる。ここは天国なのかな。ゲームの中では犬猿の仲というか…そういう設定が組み込まれているはずなのに、和やかに話している。しかも、ご主人って誰のこと言ってるの?うぅ……目を開けたいけど……もう少し会話を聞いていたい。聞いていたい……!
零は欲望に負け二人の会話を聞き入ることにした。
「なぁ、起きたらなんて話せばいい?」
「そうですね、まずは……安否と言いますか……混乱されてるでしょうから落ち着かせるのが第1ですね」
「流石、執事だな」
青年は少し驚いた表情をして返事をした。
「まさか、褒められるとは」
「知ってるだろ、俺だって…あんなこと言いたくて言ってんじゃねーんだよ」
「はい。そうでしたね。申し訳ございません」
「それより、お前のその口調どうにかならないのかよ?」
「これは、どうにもなりませんね」
「もっと砕けた感じで喋ってみてくれよ」
「む、り、です」
え、何この尊い会話は。あの二人が仲良く喋ってる。ニマニマしちゃいそうになるけど、ものすごく堪えた。よし、まだ続きを聞くわよ。夢なら覚めないで。私の天国。
「なぁなぁ、クロード」
「何ですか?カルセル」
「気づいてたか?」
「はい、勿論です」
「「狸寝入り」」
ん???狸寝入り??えーっと、狸寝入り……。もし、もしもだよ?私がこのふわふわな布団のようなもので寝てて、そこに何故か私の大好きな推し2人がいて会話をしているとして。狸寝入りしている人物は誰だというと。私しかいないと思うのよね。な、なんだか………近づかれた気がする。
そうして零は気付いた。寝顔をもしも、推し達に見られていたりなんてしたらと。
思い切って、目をそろっと開けたら────
視界に飛び込んできたのは、4つの瞳。1つは、真っ青な……深く深く沈んだ海の底のような色をした2つの瞳と太陽のように眩しくランランと照らしたかのような綺麗なオレンジ色の2つの瞳。
「────────」
私は固まって、声すらも出なかった。
「あれ?固まったぞ、大丈夫なのか…?!」
「大丈夫……かと思います……?」
「なんで疑問形なんだよ」
待って、目の前に推しがいる。最近話題のVRとかそういうのとかじゃなくて?え、本物?私は恐る恐る2人の頬に両手を使って手を当ててみた。
「……え?」
「………ッ……!」
あ、温かい……生きてるの?え、嘘でしょ?触れちゃってる消えたりなんてしない。
「ホン……モノ?」
「はい、そうですよ…ご主人様」
「そうだぞ、ご主人」
え、ほんとにホントなの?なら私はずっと、言いたかったことがある。何度、妄想しただろうか。現実にはありえない事だし、ただの妄想と空想で終わってただけだけど。もし、私が推し達に直に会うことが出来たら……感謝の言葉を伝えたいってずっと思ってた。これは天国に行く前の神様が私にくれた、ご褒美なのかもしれない。彼らが私のことを知るはずもないだろうけど。
「クロード・モネ様、カルセル・グラドリア様……あなた達は私の事を知らないだろうけど。いつもいつも貴方達に励まされてきました。仕事でクタクタで疲れて食べ物が喉を通らない時も泣きそうな時も、あなた達がかけてくれる言葉が私の救いでした。画面の向こう側ではあったけれど……その言葉がプログラムによって作られたものでも私にとっては、それが全てで生き甲斐でした。貴方達に会えて本当に良かった。ほんとに産まれてきてくれてありがとう。こうやって、ありがとうって伝えたかったのと。何度も何度も、痛い思いさせちゃってごめんなさい。ゲームの中とはいえ、推し達が傷つくのは嫌だったのに最初は…よく分かってなくて結構、傷付けちゃってたから。あぁ、あとこんな私を慕ってくれてありがとう!最後に2人だけでも会えてよかった…!!!」
他にも言いたいことはあるけれど、簡潔にまとめるとこれぐらいかな。そして私は目を閉じる。さぁ、神様。言いたいことは言ったわ。連れてって!!と心の中で呟いたのだけれど。なーんにも起こらない。
「あー………ご主人…?」
ものすごーく気まずそうな声が聞こえる。
「ご主人様、これは現実であり……貴方様は生きておられます」
「はい?!」
私は目をこれでもかってくらいに、目を見開いた。そこで、定番のアレの出番だ。そう!頬を抓ってみた。
「いひゃ……い……」
消えてしまいたいとはこの事か。というか、体軽くない?!なんだか若返ったみたいに、肩凝りどころか…だるさも頭の頭痛まで全部ない!!ん?なんか私、大事なこと忘れてない?はて?
「…………………」
とりあえず黙って、布団の中に潜った。
「ご主人……」
「ご主人様……」
「ちょっと待ってね……落ち着いて整理するから」
とりあえず、潜った。顔は今、見られてない。落ち着け、大丈夫。私は26歳。大人よ、動揺なんてしちゃダメ。まず冒頭から。私は、会社を出て…あの道を歩いてる時に意識が遠くなって倒れたと思ったら、冷たいコンクリートの上じゃなくて。
草原というか森の中にいた。でも倒れてるのは間違いなくて、意識が朦朧としてる時に……あ!!天使みたいな服を着た少年が現れたんだ!それで……ガチャ引け?だっけ。そう言われて…その後、推し2人の名前が聞こえたんだ。
それから、なんで??ってなって……今に至る。うん、理解した。私、理解出来たよ。という事は、異世界に転移した?しかも、ホワイトレストオンラインの世界…に?
少し布団をずらして、推し達を確認した。
私の最推し。クロード・モネ天才執事という異名を持つそのまんま名前の通りの執事様。ただ、執事と言っても、敵は瞬殺だしマナーも完璧。料理や裁縫何でも出来ちゃうハイスペック執事。めちゃくちゃ人気だった。
勿論、私もその1人なんだけど。容姿は、黒髪で長髪だから髪を青いリボンで括ってる。瞳は先程も言った通りの青色と水色が混ざった感じ。表現しにくいのよね……。
執事服を着ているんだけど、貴族っぽい服を着たら絶対に伯爵になれる。私が保証する。ていうか、ゲーム内でも有料コインで購入出来る武具があったから課金して購入したわ。着せ替えもできるからね。
そして、私の1推し。因みに、私の中の推しの概念は…最推し◀1推し◀2推し◀3推しという感じ。ピラミッド上の形の頂点にいるのが最推しで、1推しがピラミッドの1番上を陣取るという図。
1推しの彼は、カルセル・グラドリア。破滅の魔道士と呼ばれている。その名の通り、膨大な魔力量と多くの技で敵を瞬殺する。因みに回復魔法もある程度使えて万能。ただ、ユーザーからはチート過ぎてとの声が上がり使う人は二つに分かれた。
私は勿論、そんな強いカルセルが好きだし。個人ストーリーというのもあって何故、彼が魔道士になったのかという経緯も知ってさらに好きになった。とても思い入れのあるキャラなのである。
「ご主人…?どうだ?整理出来たか?」
「……あっ……はい!」
「ご主人………敬語じゃなくていい」
「無理無理無理無理無理無理」
「えっ……そ、そんなに否定しなくても」
尊い推しが目の前にいて、タメ口?無理でしょ。
「ご主人様、敬語を使われるのであれば……撫で撫では禁止に致しますが……宜しいですか?」
は、はい?!!な、なでなで!!?
「なでなでは、お好きなのでしょう?」
何故、知っているのだ。私がなでなでしてなどとチャットで毎度打っており、文面でかなりデレてもらった後に『なでなで』と返してくれたのだ。
そして私は想像して、ぐふふと精神を癒してもらっていたのだが。その、なでなで解禁?!!敬語にしなかったら撫で撫でしてもらえるの?!そんな嬉しいことあっていいの?!
「敬語やめる、なでなで是非ともお願い」
と推しに図々しくも、頭を差し出した。いや語弊だ。頭を目の前に突き出した。
ヨシヨシとゆっくりと頭を撫でてくれるクロード。やばい。布越しから伝わる手の良さ。神です。一旦死んだ方がいいかな。
「ご主人、クロードだけにさせるなよな。なら俺はマッサージだ」
「え?!マッサージ?!それは、初めて聞いたけど?!」
「ボヤいてただろ?マッサージして欲しいって…最近接骨院にも行けてないって言ってただろ」
いやぁあああ!!!!改めて言われるとオッサン発言しかしてない!いや、そもそもアバター男だったしさ!? しかも接骨院ご存知?!理解してらっしゃるの?!
「あ、あの………忘れて………」
私が絞り出して言えたのは、この言葉だけだった。
「忘れない…忘れられる訳がねぇだろ。ご主人が言った言葉は全て記憶してる」
なんですって!!今の私はベ○サイ〇の薔○の漫画風になっていることだろう。
「つーわけでだ。手のマッサージするぞ」
「へ!?」
そうやって推しに手を握られた。
ふぉぉおおおおおお…!?!!
ど、ど、ど、ど!?どうすりゃいいんじゃ!やばい、あたたかい!なんか人肌に触れてなかったから…いや言い方!!私!
「合谷を押さえるとだな」
「いでっ…」
グッグッと押さえてくれるカルセル。いっでええええええ!!!けども、気持ちいい!!痛きもだ!!
「ご主人……胃が悪いな」
「あはは……ご飯とか喉ほど食べれてなかったからね…」
「お食事に関しては、ゆっくりと食べていけるようになりましょうね?ご主人様」
クロードにそう言われたら……
「ふぁい!!」
おっとおおお……噛んだわ。幼児か!幼児並みの発言しか出来ないのか!私は!
「ふふ……可愛いですね」
「かっ…かわ…可愛いだとっ!?」
今の私は林檎のように真っ赤だろう。いやいやクロードってそんなこと言う子じゃないのよ!!あくまで忠誠を誓った主君にどこまでも忠義を尽くすタイプで……そんなこと言うキャラじゃ!ハッ!それもそうか!私が男アバターだったからか?!もしこれが女アバターだったら、こういうこと言って貰えてた?!!嘘!!盲点だったわ!!
「ご主人様、私がご主人様に可愛いと発言できるのはこの世界だからですよ」
「へ!?」
「まぁそうだな。お前ぜってー言わねーだろ」
「はい。言えませんしね」
あかん!推しが話してる!!全然会話が頭に入ってこない!!!
「ごめんなさい……もう一度いい?」
「ご主人様、私がご主人様に可愛いと発言できるのはここの世界だからですよ」
「まぁそうだな。お前ぜってー言わねーだろ」
「はい。言えませんしね」
「ありがとう。ちゃんと今度こそ聞いた。ここの世界って……ホワイトレストオンラインではないの?」
「ホワイトレストオンライン…??なんだそれ」
「えっと、2人が存在してるRPGゲームの名前」
「へぇ…そんな名前だったんですか。知りませんでした」
「てっきり知ってるものだと…」
「俺達が知ってるのは、ご主人の事だけだ」
「私達は、ご主人様とお話をしていたかと思います」
「それは多分…チャット機能の事かな」
「チャットとは分かりませんが……それで間違いないと思われます。その際に、ご主人様と会話した内容は全て記憶しております」
「俺もな!」
すかさず、カルセルが入ってくる。
「天才?!」
「違うぞ」
「違いますね」
2人から否定のツッコミを頂きました。ありがとうございます。ゴチです。ご飯のおかわりなら任せて!
「とりあえず…ご主人が、元気になって良かった。まさか初っ端の出会いが、瀕死状態で死にかけだったから焦ったぜ」
「え!?私…死にかけてたの?!」
「うん」
「カルセルは私の命の恩人だね!!!助けてくれてありがとう…!!」
まさか、命まで救っていただいてるとは……!!感謝感激の極みであります!!
「べ、別に……大したことしてねぇし…」
ん?!もしやこれは……照れてる?!めちゃくちゃ照れくさそうにしてる!!可愛い!!好き!!可愛いいい……………!!!!え、なんなのこの可愛さ。軽くご飯100杯はいける。いけるっ!!ってさっきから、テンションおかしいわ…。落ち着こうって無理無理無理無理無理!!!!
「うん!でも、ありがとうね!」
「お、おう」
「照れるのはいいですが、程々にお願い致します」
「う、煩いな?!」
「そろそろ、落ち着かれたようですので…。本題に入りましょうか」
クロードはそう言うと順を追って話し始めた。
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