ラファエロの震える手

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 これがダ・ヴィンチの遠近法か。画面中央の一点、つまり消失点に奥行き方向へのすべての線を収束させる技法だ。  一方、ミケランジェロは当時、画家よりも彫刻家として名高かった。『ダヴィデ』像を初めて見たときの衝撃は大きかった。  優に四メートルはあるその巨大さに声を失った。そして、筋骨隆々たるダヴィデの逞しさと美しさがぶつからず、同居していることが何より驚きであった。  ラファエロにとって信じられないニュースが飛び込んだ。宿命のライバルである、ダ・ヴィンチとミケランジェロが、政庁舎の壁画を競作するというのだ。  やがて、その下絵が公開されると、ラファエロは誰よりも早くその下絵を見に行った。  ダ・ヴィンチの老戦士を描いた顔は、睨んでいる眼光の鋭さが見る者の心をつかみ、大きく口を開けている戦士が今にも叫び出さんばかりの迫真性があった。  一方、ミケランジェロの下絵は、彫刻同様、普通の人間の身体にはありえないような身体を持つ兵士が、裸のまま戦っている。剣のぶつかる音が聞こえそうな迫力があった。  しかし、ラファエロの心の片隅には、このミケランジェロの画風は自分には合わないという醒めた思いもあった。それでも、いつか役に立つかも知れぬと自分に言い聞かせた。  ラファエロは暇さえあればこの場所に来て、二人の下絵を模写するのであった。  ダ・ヴィンチから多くを学んだラファエロは、聖母子像や肖像画にそれを反映させ、もともと持っていた技量にさらに磨きをかけた。
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