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マリア、イエス、ヨハネの三人を三角形の安定した構図で描いた聖母子の作品は、貴族たちの間で爆発的に流行した。それまでのマリア像はどこか冷たい聖女という体(てい)で描かれることが多かったが、ラファエロは人間味あふれる、まさに自分が求めた亡き母のイメージを具現化したマリア像を作り上げたのだ。それに伴い、貴族たちからの肖像画の依頼も引きも切らなかった。そして、ラファエロの評判は、ついに教皇の耳にも届いたのであった。
一五〇八年、ラファエロは、二十五歳で、教皇ユリウス二世から、ローマのヴァチカンの宮廷画家に召し抱えられた。
そして、教皇の書庫の四つの壁の装飾を依頼された。
「ラファエロ、この部屋はこの世のすべての知性の集積所となる。それにふさわしい壁画を描くのだ。何を描くかは、すべてそちに任せる」
「わかりました。教皇さまのお考えを、この部屋の四つの壁画で描いてみせます」
「期待しておるぞ。とりあえず一つの壁画を十二か月で描いてみせよ」
「承知いたしました」
ラファエロは、弟子のブルーノと、連日この壁画の構想について語り合った。
「四つの壁画のテーマを、神学、哲学、詩学、法学とする。それぞれに、古(いにしえ)の神学者、哲学者、詩人たちを登場させるのだ。とりあえずは、哲学の壁から始めよう。古代の哲学者たちが学堂に集まって議論している様を描くのだ。『アテネの学堂』と名づけよう」
「先生、壮大なスケールですね。フィレンツェでの四年間の先生の努力が報われる日が来ましたね」
ラファエロの表情がほころんだ。
「さあ、この壁画の仕事を何としてもやりとげなければ。ブルーノ、手伝ってくれ」
「喜んで」
ラファエロはまず『アテネの学堂』の下絵に三か月を費やした。当初の予想より長くかかってしまった。
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