ラファエロの震える手

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「わかりません。ひょっとして来月治るかもしれませんし、二、三年かかるかもしれません。一生治らないかもしれません」 「じゃあ、どうしたらいいんだ?」 「できるだけ、利き腕を使わないことです。そうすれば、ある日突然治ることが期待できます」  愕然として、ラファエロとブルーノは医師のもとを辞した。 「もう終わりだ……」  天国から地獄に突き落とされたようなものだ。せっかく掴んだチャンスをみすみす放棄しなければならないのか。このチャンスを逃せば、二度と巡り合うことはないであろう。この四年間の努力がすべて水泡に帰してしまうのか……。  うなだれたラファエロをブルーノが励ました。 「先生、諦めるのは早過ぎます」 「医者も匙を投げたのだぞ。しかも作業は遅れているのに、治るのをただ待つしかないなんて……」 「私に考えがあります。先生は絵筆を取らなくて構いません。弟子たちが代わりに書きます」  ラファエロは眉をひそめた。 「弟子たちと言っても、お前しかいないではないか」  ブルーノは微笑みを浮かべた。 「お忘れですか? 師のペルジーノの工房を」  ラファエロの目が輝いた。ブルーノは畳みかけた。 「そうです。先生があのペルジーノの工房を去るとき、ペルジーノ先生はおっしゃいました。『困ったことがあったら、いつでもこの工房に戻ってきなさい』と。今こそ、ペルジーノ先生のお力を借りるときです」  二人は、四年ぶりに、ペルジーノの工房に帰って来た。約束通り、ペルジーノは二人を歓待した。 「ラファエロ、話はわかった。とりあえず、わたしの弟子十人を貸そう」 「そんなに……。ありがとうございます」
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