ラファエロの震える手

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「ああ、わたしも君が成功してうれしいぞ。君の名前はこのペルージャにもとどろいている。あのラファエロがこの工房にいた、という噂が広がって、弟子入り希望者が後を絶たないのだ。十人ぐらい君のところに出向させても、痛くも痒くもない」  ペルジーノは哄笑した。  新たな弟子たち十人を引き連れてヴァチカンに戻ったラファエロは、翌日から精力的に作業を開始した。  下絵をもとに、『アテネの学堂』の全体像を弟子たちに説明する。 「この壁画は、古代ギリシアの哲学者、科学者、数学者を始めとする賢者たちを、時代と場所を越えてこの学堂に集結させたものである。もちろん、実際にはありえない一場面だが、諸君、想像してみたまえ。正面上段には、プラトンとアリストテレスが論争しながら歩いているのだ。ぞくぞくするではないか! そして、プラトンは右手の人差し指を上に向けており、アリストテレスは右手の手のひらを下に向けている。この二人の動作で、それぞれの考えの違いが一目でわかるのだ」 「先生、人物がずいぶん多いようですが、いったい何人いるのですか?」 「ざっと六十人だ」 「六十人ですって?」 「ああ、皆それぞれに意味があるのだ。快楽派のエピキュロス、無知の知を唱えたソクラテス、幾何学者のユークリッド、ソクラテスの孫弟子のディオゲネス、万物は流転すると喝破したヘラクレイトス、三平方の定理のピタゴラス、……ああ、とても名前を全部列挙できない」 「先生、顔はどうするのですか?」 「それは最後に取っておく。既に説明した通り、わたしは書痙という厄介な病にかかっている。もし治れば、わたしが顔をすべて描く。もし治らなければ、ブルーノがわたしの指示に従って描いてくれる」 「わかりました」
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