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――2023年12月
かつて一本の石垣に支えられていた飯田丸五階櫓は地震の翌年に解体され、今は復旧に向けて保存されている。
そして、熊本地震で大きく崩れた石垣の復旧が先月終わった。
「感慨深いって顔してるな、瓜生」
復旧工事が終わったばかりの石垣を見つめていると、後ろから声が架けられる。
声をかけてきたのは、7年前僕を熊本に送り出してくれた課長――そして今は熊本城の復旧工事を行う所長だった。
「東京戻ったら、しばらく見れませんからね」
地震から暫く、希望が叶って僕は熊本城の復旧工事を担当する事務所に着任した。かつて上司と復旧作業に携わり――年明けからは都内にある研究所に勤務することになった。そこでは耐震・制震技術の研究に携わることになっている。
「そうは言っても、2月になったらマラソン走りに戻ってくるんだろ? こっちにも顔出せよ」
所長の言葉に頷く。今度の二月、僕は二度目の熊本城マラソンを走る。
「でも、去年まで出てこなかったのに、何で急に走ることにしたんだ?」
「負けられないやつが走るからですね。あいつには7年前に2回負けてるんで」
「ふうん。青春やってるんだな」
「子どもっぽいだけかもしれませんけど」
所長はガハハと笑いながら僕の背中を荒っぽく叩く。
「いいんだよ、子どもっぽくて。俺だって自己満足で今の仕事をしてるところもあるからな」
「自己満足ですか」
「100年後の後輩に、俺たちは震度7の地震を二回受けても、この街の誇りを引き継いだぞってな」
所長がニッと笑った。この人は昔から変わらないなと思う。そうやって僕の背中を勝手に押すし、どこまで意図してるかわからないけど僕の心を奮い立たせる。
「今日はすみません。異動前に半日休みをいただいて」
「いいんだよ。知り合いを案内するんだっけ?」
「はい。ここを離れる前に、知り合いの家族に僕の仕事を見てもらうかと」
あと一時間もすれば、とある家族が熊本城にやってくる。ルートはあくまで一般向けだけど、今日は彼らを案内する約束をしていた。
「気にすんな。お前一人くらい抜けてもどうにかなる体制にしてんだからな」
「そうでした」
僕と所長は顔を見合わせて笑う。
変わるもの。無くなるもの。変わってもなお留まり続けるもの。
あの地震から怒涛の様に過ぎていった日々を思い出しながら、ラジオに耳を傾ける。
7年前、親父から譲り受けたトランジスタラジオは電池部分をいじれば現役で使うことができた。
「よお、青羽!」
遠くから僕を呼ぶ声がする。
昔馴染みの夫婦が小さな子供を連れて僕に向かって駆け寄ってきていた。
今度こそ負けないからな。
そう心の中で呟いて、僕は彼らの方へと歩き出す。
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