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――2016年2月21日
難攻不落の熊本城。
西郷どん率いる薩摩藩士たちさえ跳ね返した日本屈指の名城は熊本県民にとっての誇りだが、そのイメージは堅城というより街の傍にある慣れ親しんだお城だった。
だが、城下から二の丸広場までを駆け上るとなると話が変わる。走っても走っても続く坂に初めて薩摩藩に同情した。なにより、フルマラソンのラスト2kmを城攻めに設定した人には一言だけでも物申したい。2012年に始まったマラソンも今年で5回目になるはずなのに、誰もコースの変更に思い至らないのだろうか。
鬱屈とした気持ちを振り払うように、沿道からの応援を背に顔を上げる。100mくらい先に克哉の後ろ姿が見える。肺も脚も限界だったが、負けたくないという気持ちだけで前に足を出し続ける。40kmくらい走ってきて、かつての陸上部のエースとこの差なら上々じゃないかと思いつつ、ここまで来たらやっぱり勝ちたい。
最後の坂を駆け上ると、二の丸広場にバルーンで作られたゴールが見えてきた。克哉との距離はもう20mくらい。ラストスパートをかける。克哉が振り返り、その顔に驚きの表情が浮かぶ。
だけど、追い抜くには距離が足りなかった。克哉がゴールしてから5秒後くらいにゴールして、二人して倒れ込む。現役の頃には考えられなかったようなタイム。
「お互い年取ったな」
先にゴールした克哉が苦笑を浮かべている。お互い大学まで陸上をやってたから、引退から2年くらいしかたっていないはずだけど明らかに衰えていた。
「30歳越えたらどうなるか、考えたくもないや」
そんな会話を交わしながら荷物を受け取って、二の丸広間に腰を下ろす。克哉とは高校時代の陸上部の時に出会って、そろそろ10年になる。今はお互い社会人だけど、久しぶりにフルマラソンを勝負しようとなって――ギリギリで負けた。震えるような悔しさだけはいっちょ前に学生時代と同じくらいあるから不思議だ。
「二人ともお疲れー!」
両手に1つずつドリンクを持った悠花がパタパタと走ってくる。高校時代にマネジャーだった悠花は走り終わった後に力尽きるであろう僕らの世話役を買って出てくれた。悠花からドリンクを受け取ると何だか高校時代を思い出す。あの頃から何年もたったのに、こうしてみると変わらないなと思う。
「ね、ね。どっちが勝ったの?」
「オレオレ。やっぱ熊本出てった人間には負けらんねえよ」
「うるせ。あと100mあったら僕が勝ってたし。来年見てろよ」
「受けて立つぜ。つっても青羽、4月から忙しいところに異動って言ってなかったか?」
「そこはまあ……どうにかする」
克哉の言う通り、4月からは社内でも悪名高い現場に異動になっていた。これまでより一層練習時間の確保が難しくなるだろうけど、今日の悔しさを思い浮かべながらどうにかするしかない。
「青羽君も熊本戻ってくればいいのに」
僕たちのやり取りを聞いていた悠花が不満気に口をとがらせてみせる。僕が東京の会社に就職することを決めたとき、悠花からは結構反対された。それが昔馴染みが地元からいなくなる寂しさなのか、それ以外の何かがあったのか考えると未だに僕はムズムズする。
「やりたいことがあるからさ」
そう答えてみても悠花は変わらず不服そうな表情のままだった。そんな僕らのやり取りを克哉は苦笑気味に眺めている。高校時代は毎日のように繰り広げていたやり取りがなんだかすごく懐かしい。
「それで、青羽。次帰ってくるのはゴールデンウィーク?」
助け舟を出してくれた克哉の言葉に頷きかけて首を横に振る。
「いや、4月に一瞬帰ってくるよ。っていっても一泊二日だから、次に克哉たちと会えるのはやっぱりゴールデンウィークかな」
「了解。旨い店探して待ってる。悠花も来るだろ?」
「もちろん!」
さっきまでの表情が嘘のように悠花がにっこりと笑って、その表情に少しドキリとする。
これからも変わることなくこんな日々が続いていくんだろうと、そびえ立つ熊本城の天守閣を眺めながら少し未来の自分たちに思いを馳せた。
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