止まらない震えをどうか君の優しさで止めて

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 手も足も出ない、とはこういうことを言うのだろう。  いつの間にか自分より大きくなっていた幼馴染に、組み敷かれて思う。  身体が動かない。  それだけならまだいい。  手が、足が、身体が、震える。  あの日、他人にされたことを思い出すかのような恐怖。  知っているはずの男が、まったく知らない人間に見えた。 「もうあの頃と違うんだ。分かってるか」  その声は昔よりずっと低くて。  あの時一緒に居て、僕が隠した小柄な少年はいない。  返事をしたくても、思い出が邪魔をして声にならない。  ひゅっ、と短く空気だけが吐き出されるような感覚。  寒さで震えているように見せられないだろうか。  なんてことは考えつくのに身体はこわばって思うように動かない。  思考だけは嫌な程クリアで、でも目の前の大事な人を友人としてうまく認識できなかった。  震える手に大きくてあたたかい手が重なる。  沢山の規則正しく揃えられた足音が遠くに聞こえる。  逃げ出した僕達を探している連中が、通り過ぎていくのを静かに待つ。  相手だって僕を下にしたかったわけじゃない。  隠れるのにはこうするしかなかったんだ。 「……だから、俺が護るから」  言葉の意味が理解できないでいると、ゆっくりと僕の上からどいてくれた。  まだ身体は震えていて、思うように力が入らない。  人に触れられるのが怖いのを、相手も知ってる。  ずっと何があったのか、見ていたのだ。 「動けないんだろ。抱き上げていいか?」 「……たの、む」  頑張っても音になるのはそれだけ。  声も手も震えたまま、役に立たない僕はされるがまま――お姫様抱っこされた。  もっといい運び方あるだろとか、なんでこれなんだとか。  普段なら色々と言えていたけど今日は出来ない。 「……もう誰にも触らせないから」 「ん」  柔らかく微笑む彼に、短くしか返事が出来ない。、  駆ける足音、乱れる吐息。  それから彼の心音を聞きながら、出来るだけ遠くへ逃げる。  いつの間にか、僕の震えは止まっていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!