スノーホワイト

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 もし宜しければ、今夜は泊まっていってください──そう言いながら布団を敷き、消臭剤をかける。元々一人分しかない寝床だ。今日のところは客人に譲って、僕は玄関前で横になれば丁度良いだろう。  ふと、雪女の居る方を見やる。欄干から離れても尚、彼女は結局露台から離れなかった。暖房の熱風と外の雪風の狭間に腰掛け、緩慢な速度で両手を動かしている。寝床の準備を終えて傍から覗いてみると、何やら雪の塊を団子状にしている様子が見て取れた。  かと思うと、丸め終えた雪を今度は一回り大きい別の団子の上にくっつけた。懐かしい、という思いが先行する。彼女が作っていたのは手の平サイズの雪だるまだった。 「雪だるまって、良いですよね」  自分に言い聞かせるようにそう呟いて、雪女は作り終えた雪だるまを露台に並べていく。その隣には形状が歪ながら、大きさや見た目は大差ない二つの雪だるま。いつの間にそんなに作ったのかと妙に感心してしまう。 「背丈やちょっとした容姿は違っても、他は誰がどう作ったって大体同じ姿になるから」 「まあ、素材が同じ雪ですからね。作ってる人間も、雪だるまが『こうである』という固定観念のもと作っていますし」 「そうですよね。それに比べて、神様って本当に趣味が悪いと思うんです」  言葉を区切るように彼女は嘆息し、肩まで伸びる髪の毛先に触れた。 「だって身勝手に趣向を凝らして、こんな失敗作を生み出すんだから」  想像以上に冷めた声色が、僕の胸を深々と突き刺す。俄かに動揺する僕の心中を見破るかのように彼女は不意にこちらを振り返り、何を思ってか小さく微笑んだ。 「私の髪を初めて見た時、どう思いましたか?」  僕を試すように真っ直ぐと伸びてくる視線。少し戸惑いながらも、何の飾り気もなく本心を告げる。 「……綺麗だと、真っ先にそう思いました。思わず見惚れてしまうぐらい。失礼を承知の上で言うと、まるで外国のお人形みたいだなって」 「そうでしたか……でも、きっと貴方のように思ってくれる人も、世の中には少なからずいるんでしょうね」  彼女は再び視線を落とし、やがて白の混ざる暗闇へと目を向けた。 「私のように髪や肌が白い人間のことを『アルビノ』と言うみたいです。遺伝子疾患のせいで色素が薄くて、少し紫外線を浴びただけでも肌に異常が出る。最悪、死に至ることだってあり得る。私はそんな特性だけでなく、他とは違う容姿にも苦しめられてきたんです」  ふっと口から漏れた溜息が、白くなって吹雪の中へ混ざっていく。 「同い年の子供からは老婆だの山姥だのと罵られて、そもそもこの病弱な身体のせいで学校にも行けず、基本的に学校と隣り合わせの人生を歩んできました。そんな中で、高い医療費に両親揃って逃亡して、病院もまともに通えなくなって、あてもなく彷徨っていたんです」 「それであの時、街灯の下で立ち尽くしていたと?」 「昔から、雪だけは好きだったんです。暑さに弱い私の肉体を、冷たくて心地いい雪だけは優しく包み込んでくれる。このまま人知れず雪の中に埋もれてしまおう。そう思っていた矢先に声をかけて下さったのが、貴方だったんです」  寒さで赤らんだ顔がこちらに向けられる。そこには、本来彼女という存在に似合うはずだった幼く柔らかい笑みが浮かび上がっていた。 「運命に丸ごと見放されたわけではなかった、ということなんでしょうね。最後の最期に出会えた人が親切で、本当に良かったです」  寂しげな声音が狭い室内で静かに木霊する。アルビノの銀髪が部屋の蛍光灯に照らされ、夜空の如く煌めいていた。
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