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あの雪の日の出来事。
窓の外の雪を眺めながら、あの雪の日の出来事に思いを馳せる。とても楽しかったなぁ。まさかクラスの人気者と一緒に雪の中で踊るなんて想像もしてみなかった。今更ながら、あの日は全てが奇跡的な確率で噛み合ったのだな、と気付き胸が暖かくなる。そして今日はそれ以来の降雪だ。十三年ぶりだっけ。さて、今夜はこの島にしては珍しく相当冷えそうだ。煮込んだシチューはあとは寝かせておけばいい。そうそう、お風呂を沸かしておかなきゃね。腰を上げた、その時。
玄関の扉が開きすぐに閉まる音が響いた。慌ただしい足音が廊下を抜ける。そして、恵美ちゃん、と京太君が勢いよくリビングへ飛び込んできた。
「お帰りなさい」
「ただいま。じゃないよっ」
「いいノリツッコミだね」
笑い出したいのを懸命に我慢して応じる。顔を真っ赤にした彼が、騙したね、と震える声で訴えた。
「何が?」
「雪っこ踊り! あれ、恵美ちゃんの嘘でしょ!」
「どうして?」
「職場で訊いたんだよ、今日は雪ですが皆さんはいつ踊るんですかって。ところが役場の誰もが首を捻るばっかりで、ピンと来てくれなかった。だから説明したんだ。雪っこ踊りという廃れかけている文化があると、以前島で雪が降った時に妻から教えて貰ったのですが、って」
堪えきれず声が漏れる。真面目に、一生懸命周りに訪ねる彼の様子は容易に想像がつく。
「若手の職員さん達は、自分が知らないだけかもって言ってくれたけど、課長クラスも誰も知らず、挙げ句の果てに村長室へ呼び出されて重々しく告げられた。中森君。多分、奥さんにかつがれているよって。雪っこ踊りなんて文化、見たことも聞いたことも無い。それどころか村長はわざわざ自分のお母さんに電話までして訊いてくれた。九十七歳のお母さんも一度も聞いた覚えが無いって言っていた。帰ったら奥さんに確認してごらんなさい。そして明日、結果を教えて欲しい。明らかに吹き出しそうなのを我慢してそう頼まれたよ」
彼の話に肩を震わせる。恵美ちゃん、としっかり芯の通った声を掛けられた。
「雪っこ踊り、嘘だったの?」
「うん」
「ひどい!!」
悲痛な叫びにとうとう声を上げて笑ってしまった。気付くまで十三年か。干支が一回りしてなお余りある。純粋だなぁ。
「じゃあずっと騙していたの? 小学校を卒業してからも、中学や高校ですれ違う度に今年の冬も踊れなかったね、とか、明日はかなり冷え込むみたいだけど久し振りに踊れるかな、って話し掛けてくれたのは」
「仕込みだよ。君が真実を知る日まで、完全に信じ切るため話題に出したの」
「どれだけ根気強いのさ!」
顔を真っ赤にする彼に、ごめんね、と声を震わせながら謝る。そして私は窓辺へ向かった。彼も後をついてくる。
「でもさ。願いは本当に叶ったよ。私があの日、雪っこ踊りに籠めた祈りは届いたもの」
それって、と愛しの旦那様が目を見開く。うん、と私は笑顔を浮かべた。或いは、自分で創作した雪っこ踊りの伝説が叶って欲しくて、私は彼に声を掛け続けたのかも。
「ね、京太君。久し振りに踊ろうか。どんな動きだったか忘れちゃったけど。なにせ思い付きだったから」
「思い付きに十三年も騙された俺の身にもなって欲しいなぁ」
「いいじゃん。改めて踊ろうよ。まずはどうすればいいんだっけ?」
彼がお手本を見せてくれた。胸の前で両手を合わせ、頭の高さへ持ってくる。また胸の前で今度は二回手を叩き、左手はそのままで右手を水平に泳がせる。それに合わせて右足を軽く斜め前へ投げ出し、左膝を少し折る。繰り返し二回手を叩き、左手と左足も同じように動かす。
よく覚えているねと感心すると、信じ切っていたからだよ、と頭を掻いた。そうして二人で一緒に踊る。
島の神様に感謝を込めて、私達は雪を見ながら笑顔で舞を続けたのでした。あの雪の日と同じように。
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