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ここ2年は家から一歩も出ていない。会社をリストラされ、恋人にもふられ、項垂れる毎日だ。塞ぎ込む一方で、布団から出ることすらも億劫である。
たまりかねて睡眠薬を飲もうとした。その時だった。唐突にインターホンが鳴った。時計を見れば4時半。なんの根拠もないが、おそらく夕方だろう。
「…………ど、どちら様…………」
久しぶりに出した声は、蚊が鳴くみたいに小さい。しかも相手は懐かしの弟。思わずドアを閉めたくなる。
「おいおい、閉めんなって」
しかし、弟はドアノブを摑んで頑なに動かない。力はたぶん、彼の方が上。そのせいか、いくら閉めようとしても歯が立たない。そうこうするうち、ドアは完全に開かれた。
「5年ぶりだな、兄ちゃん」
その目つきには依然とした爽やかさがあった。焦げ茶色に水際立った短髪が夕陽のように眩しい。
「ああ。で、何の用?な、ないならとっとと____」
「その格好…………」
しれっと撤退を促すが、容赦なく遮られる。それから全身を見た。寝巻きという名のジャージに寝癖だらけの髪。ずっと洗濯をしていないし、風呂にも入っていない。
羞恥心が沸き上がる僕に対し、弟は口角をあげた。ニヤリといじわるそうだ。
「2キロ先の山まで競争だ。よーい、ドン!」
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