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雪山
俺は斉藤 真。サラリーマンだが、昔から登山が趣味で、冬山にもよく登っていた。
冬山に登る時も、夏山に登る時も、地元の山の会の仲間と、必ず3
人以上のパーティーを組んで登ることにしていた。
俺が30歳の誕生日を迎えた冬。誕生日祝いだと言って、山の会のメンバーが冬の穂高連峰の縦走を企画してくれた。
決して安全とは言えない、冬山の縦走。だが、その厳しさと引き換えに見える景色は、登ったものにしかわからない素晴らしさがある。
妻などは、何故好き好んでそんな寒い場所に行くのか全く分からないと言っているが、それは山に登らない者には理解できないだろう。
なんにせよ、山の会のメンバーの気持ちが嬉しくて、俺達は天気予報とも相談して、良く晴れた日を選び、出発した。
危険な場所もある。山の会メンバーだけの秘密だが、もし、一人が落ちたら全員で一緒に落ちようと決めていた。危険な場所では全員、腰にロープをつないで登った。これはもちろん、落ちた人を助ける事ができるかもしれないという可能性も持っているからだ。
家族には誰もが内緒にしている事だった。
さて、以下が今回の行程表である。
1日目
10:20西穂高口ー13:50西穂高ー16:35間ノ岳手前のコル(テント泊)
2日目
間ノ岳手前のコルで停滞(雪洞泊)
2日目(実際は4日目)
7:50間ノ岳手前のコルー10:55天狗岩ー13:20天狗のコルー15:30コブ尾根の頭(テント泊)
3日目(実際は5日目)
7:05コブ尾根の頭ー7:40ジャンダルムー10:20奥穂高岳ー11:00穂高山荘(1h休憩)ー13:10白出大滝ー16:25白出沢出合ー17:55新穂高
問題は予定にはなかった2日目の雪洞泊だった。
1日目を無事に終えた俺たちはテントを張り、眠りについた。
その深夜、物音で目が覚めた。
ものすごい地吹雪である。
これではテントも飛ばされてしまう。
男女に分かれて泊まっていたのだが、まずは男性陣が自分たちのテントを押し出しそうになっている雪を固め壁を作った。
雪はどんどんたまっていく。
やがて、雪の壁で風を防ぎながら時間を過ごすと、やがてテントをごっそりと囲んだ雪洞になった。
女性のテントを畳み、男性と一緒のテントに呼んだ。
一晩中吹き荒れた吹雪は翌日にも止まなかった。
スマホの電波などはいる術もない。
しかし、元々2泊3日の予定なので、まだ家族は心配しないだろう。
風の轟音と、雪が吹き付けるバシバシと言う音しかしない中にいると、やがてうとうとと眠くなる。普段だったらテントの中で寝袋で眠っても問題はないが、気温が下がりすぎている今眠ったら死んでしまう。
眠りそうになる仲間を揺り起こし、みんなでみんなの事を守った。
だが、一瞬全員が眠ってしまった時間があった。
俺がはっと目を覚ました時、メンバーの女性の一人が横になって眠っていた。
慌てて揺り起こしたが、彼女はもう氷っていた。
『子供がようやく中学生になったからまた登山を始めたのよ。もう私に何かあっても小学生とは違って何とかなるわよね。』
そう言っていた女性メンバーだった。あれから4年。お子さんは18歳か。
他のメンバーを揺り起こし、まだ残りのメンバーは何とか体温が残っていたので助かった。
翌朝には天候は戻ったが、メンバー一人の命はもう戻ってこない。
予定表は2日目の雪洞泊で終わったのだ。
残りの2日目。3日目の行程は遅らせたが、彼女の慰霊のために最後まで予定通りに歩いた。
無線がようやくつながり、山小屋に連絡を取り、彼女の遺体をヘリが回収して下ろしてくれるまで、全員で待った。
その後、予定のルートを歩いて、帰宅した。
帰宅は大分遅れたが、山小屋から各家に電話をしてもらったので心配はされなかったが、二度と冬山にはいかないでくれと、山の会全員のメンバーが家族たちから言われた。
これが、俺の最後の雪山での思い出だ。
【了】
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