雪の中の少女

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 小さな湖のほとり、少女は一人で薄く張った湖の氷に触れていた。大地は凪いでいて、辺りは静けさに包まれていた。もう体はほとんどいうことをきかなくなっている。もうどれくらいの日数が経ったのだろうか。少女はずっと水一滴すら飲んでいなかった。  すると林の奥から物音が聞こえた。ずっと逃げ回っていた少女も、もう逃げる力は残っていなかった。雪だけが微かに肌を凍てつかせていたが、もう肌の感覚もなくなってきていた。  ガサガサッ、という草木の擦れる音がしたと思ったとき、少女が振り向くとそこには男が立っていた。 「こんなところで何をしているんだい?」  そう聞いた男は、少女の全身を訝しげに見ると、顔をこわばらせた。頬はげっそりしていて、服からかすかに伸びた腕や手ががりがりに痩せていた。  そもそも街からは少し離れていて、まだ小学3・4年生といったところだろう。こんなところで何をしているのか、という問いかけは宙に浮いて消えていく。少女はすぐには返事をしなかった。すこしの沈黙の後、少女は掠れた声で口を開いた。 「…を待ってるの」 「え?」  あまりに最初声が小さくて、男は聞き取れなかった。少女がもう一度、心をなくしたように冷たい声を出した。 「私が死ぬのを、待ってるの」 「え」  今度は聞き返したわけではなかった。男はその言葉が一瞬理解できずに声を漏らしただけだった。 「どうしてそんなことを…君、名前はなんていうんだい」  男は少女にゆっくりと歩み寄っていった。手には警察手帳を持っていた。少女はその問いには答える気がないようで、すっと黙り込んでしまった。いくら待っても返事は返ってこなかった。 「おじさん警察なんだけど、お父さんやお母さんはどうしたんだい」  続けた男の問いに少女の瞳がさらに暗くなるのに男は気付いた。 「……お父さんもお母さんも家にほとんどいないの。ご飯もたまにしかくれなくて、お腹空いたって言うとぶつの」  ネグレクトに虐待か、男は頭の中ですぐにその情報を処理した。勝手にギャンブルにでも明け暮れている両親が想像できた。  半月ほど前、近くの森でこの少女と同じくらいの年の子の遺体が発見された。死因は窒息死のようで、両腕に痣が残っているのが見られたことから、押し倒された後両腕を足で強く押さえつけて頸動脈を絞められたものと思われる。その捜査で、男は非番の今日も一人で森を捜索していたところだった。
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