雪の中の少女

2/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 そんなところに、今度はまた少女だった。たしか捜索願などは聞いていないな、と頭の中を探ってみる。まだあどけない女の子が、こんなにもやせ細って、声まで掠れて、動けなくなっている。自然と足早になり男は少女に近づいて、手を差し出した。 「やめてぇぇぇぇ」  肩に手が触れる寸前に、少女が渾身の力を振り絞ったように手を撥ね退け獣のような大声を出した。その声と行動に男はなにが起こったか一瞬分からなくなって少女を凝視した。 「連れて行くんでしょ?やめて、わたしはここで死ぬの。もうあと少しだと思うから」  そう言っている最中にも彼女のお腹は鳴っていた。もう、お腹が減っていること自体が少女にとっての普通なのかもしれない、とさえ男は思った。 「どうして死にたいんだい。ご両親が嫌なら助けてくれるところだってあるし、心配いらないよ」  男は少女を説得しようと心掛けた。少女が納得するまで話を聞こう、そう思った。本当は今すぐにでも暖かい車内に連れて行ってあげたいが、この様子ではまともに会話にならないかもしれない。 「……学校も…」 「学校?」  少女はまた暗い目に戻っていた。さっきまでの警戒心に満ちた目はどこか遠くに消えてしまったようだった。 「みんな、わたしのこと汚いって言うの。くさいって言うの。いつも周りでクスクス笑ってわたしを見てるの」  学校でいじめまで受けているのか、親がちゃんと見ていないからだろうに。男は痛々しい少女の悲鳴を聞いているようだった。声はあくまで冷静だったのだが。 「雪の日はね、泥のいっぱい混ざった雪団子を食べさせられるの。だから雪は嫌い」  そう言って少女は空を仰いだ。さっき手を振り払った勢いが嘘のように、その動作はひどく緩慢なものだった。雪の日の思い出がそれではあまりに可哀想すぎる。男は同情の気持ちを禁じえなかった。  雪がだんだんと強まっていた。小さな粒だったのが、徐々に大きな塊となる。より一層寒さが増したように感じていた。 「あったかいところに行こう?このままだと本当に凍えちゃうよ」 「おじさんだけ帰って」 「そんなわけにはいかないよ。おじさんは警察だからね。君を保護しなくちゃいけないんだ。学校だって変えることもできる。さっき話した助けてくれるところが違う学区なら学校を変えることだってできるんだよ」 「……だめなの」  少女はそう言って、林の方に目をやった。どういう意味なのかを、男は図りかねた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!