あなたの色に染まります

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あなたの色に染まります 「お断りします」  私はきっぱりと告げた。 「酷い!」  私の足元でガマガエルみたいになってた相手が、わっと泣き崩れた。 「そんな、ストレートに断わらないでくださいよお!」  土下座の姿勢からガバッと顔を起こすと、彼はぐだぐだと文句をたれた。  涙と鼻水でべっしょべしょだから、せっかくの二枚目が台無しだ。 「ストレートって……遠回しに断っても結果は同じでしょうが」  私の言葉に、弱々しく微笑む彼。 「いいえ。もっと優しく断ってくれたら、ぼくの心の傷が浅くて済みます」  弱々しく微笑む。  そこら辺の女子なら「カワイイ!」と思うかもしれないけど、私には「うざい!」としか思えない。 「別にあんたの心が傷つこうが壊れようが、どうだっていいけどさ。具体的にどうしろって言うの?」  「そうですねえ……例えば、和歌で返すとか」 「平安時代か!?」 「趣があって素敵でしょ? 実はぼく、いくつか考えてきたんですよ」  私のツッコミをよそに、いそいそと服のポケットからメモを取り出す彼。  正気か、こいつ? 「いや、聞きたくないし」 「まあまあ、そうおっしゃらず。古き良き文化は尊重するべきですよ!」  こっちの意向を無視して、彼は自作の和歌を詠み始めた。 「まずは昨日できたての一句! ぬばたまの~……」  この流れだと、聞いてあげなきゃならないんだろうなあ……。  私はうんざりしながら、嬉しそうに歌を詠む相手を見下ろす。  彼が初めて私の前に現れたのは、半年ほど前だった。  けだるい休日の午後。  宅配か何かのセールスかと思って開けた、玄関のドアの外。 「初めまして!」  彼は元気にあいさつをして、一番に名乗った。  柔らかそうな髪にきれいな瞳、印象は決して悪くはない。  服装だってきちんとしてるし、話し方も丁寧だ。  ただ、名前は日本人ぽくない風変りなものだったけど。 「えーと……何のご用ですか?」  私は、思いっきり不愛想に聞いた。  せっかくの休日、久々に家でだらだらしてたってのに。 「あ、セールスじゃないですよ。宅配でも宗教勧誘でもありませんからね」  慌てたように言ったあと、彼はこほんと咳払いをした。 「じゃあ何ですか?」  私はイライラしながら、さらに聞いた。さっさと用件を言え。タイム・イズ・マネー。こっちは早くドラマの続きが見たいんだ。 「じゃあ言いますよ。驚かないでくださいよ?」  私の苛立ちに気づかず、彼は一人でもじもじしている。 「好き、です!」  唐突な告白。 「……はあ?」  ぽかんとしてる私を前に、彼は赤面して両手で顔を隠した。 「ひゃー、言っちゃった! 恥ずかしい、めっちゃ恥ずかしいよー!」 「………………」   何だ、こいつは。  あまりのことに黙り込んでいると、彼は恐る恐るといった様子でこちらに視線を向けた。しゃんと姿勢を正し、ぱっぱと服のホコリを払って、再び咳払いする。 「お友達から、お願いしますっ!」 「お断りします」 あの日以来、彼は三日と空けずに我が家を訪れる。  そして現在。 「この半年、必死で努力してるのに……酷い……冷たい……」  ソファに座った彼は、アイスコーヒーをすすりながら図々しく文句をたれ続けている。長々と土下座されてもうっとうしいので、仕方なくリビングへ通したのだ。  こういう扱いが彼をつけ上がらせてるとは思う。だって玄関先だとご近所に聞こえちゃうし、涙と鼻水の分ぐらいは水分取らせてやろうかなって思ったり……って、なんだかんだ言って私も毒されてるんだよなあ……ううっ。 「あのねえ、何百回、いや何千回言わせる気? あんたの努力は関係ないの。私にその気がないの。全然ないの。わかる?」 「少しぐらい歩み寄ってくれたっていいじゃないですかあ」  恨めし気にこっちを見るな。さっさと顔を拭け。 「派手な男はキライだって言われたから髪と目の色は地味にしたし、ご近所に迷惑かけないように気をつけてるし、戸籍もちゃんと捏造……いや作ったし、この国家の文化や歴史も毎日勉強してるんですよ? こんなに頑張ってるじゃないですかあ!」 「頑張ってるのを自分で言うのは違うでしょ!」 「自己主張が下手なのは、日本人の短所の一つですよ」 「エイリアンが日本人を語るな!」  そう、彼はいわゆる異星人。  彼の言葉を信じるならば、だけど。  どうやら辺境の星・地球を調査するためにやって来たらしい。どこかの古典SFみたいな話だ。  地球のあちこちを回っているうちに私を見つけ、地球人のサンプルとして細かく調査したそうな。じっくりねっちり私の生活を覗き見してるうちに、いつしか好きになったんだとか。  ……真剣に気持ちが悪い。  悪いけど、宇宙規模のストーカーに関わる気はないんだよ。  最初は、頭の悪いナンパの一種だと思ってた。  宇宙人っていうのはつまらない冗談だと思ってた。  でもね、こいつは色々とヤバかった。 「お腹すきませんか?」  いきなりソフトクリームが出現した時は、驚きすぎて鼻水が出た。 「地味な色って……こんな感じですかね?」  髪と目の色が目前で変わった時は、貧血でぶっ倒れた。  あり得ない事実を目撃した瞬間、人は思考が停止する。  数々の異常体験を経て、私は悩むのをやめた。  エイリアンの実在? 異文化交流? 禁断の恋? 宇宙平和?  正直、何もかもどうでもいい。  とにかく私はこいつを拒絶する、そう決めた。    何よりムカつくのは、こいつが私に惚れた理由だ。 「だってあなた、平凡なのに偉そうじゃないですかあ」  こう言ってのけた彼は、その直後に私のヤクザキックで撃沈した。 「違うんです、言葉の選択ミスです! えーとえーと、凛々しいというか雄々しいと言うか、そんな感じのことを言いたかったんですよお! ほら、ぼくって日本語ネイティブじゃないんだから、大目に見てくださいよお!」  蹴りを顔面に受けて這いつくばった彼は、べそべそと泣きながら言い訳を並べ立てた。知的生命体としてのプライドはないんか、こいつ。 「嘘つけ。どう考えても悪口でしょうが!」  ぐりぐりと踵で踏みにじってやると、惨めな悲鳴が湧いた。  好きになった理由なんて、普通は嘘でも可愛いとかキレイとか言わんか?  これだからエイリアンは常識がなくて困る。いや、エイリアンが地球の常識なんか知ってても変だけど。  「あんたさあ、ストーカーなんかやめてそろそろ自分の星に帰ったら?」  自前のハンカチで顔を拭いてる彼に、私は嫌味っぽく聞いてみた。 「どうせ戸籍もビザもパスポートもない不法入国者なんでしょ。NASAやJAXAに密告されないうちに、さっさと出て行ったら?」  ここに異星人がいます、って通報したら、賞金とか出ないかな? たぶんこっちの正気を疑われて終わり、な気はするけどね。 「……それじゃ、ぼくと一緒に来てくれるんですか!」  両目をキラキラさせるな、人の話をちゃんと聞け。 「誰もそんな話してない。さっさと里帰りしなさいって言ってんの!」  マジでMIB呼ぶぞ、このETが。解剖されてもいいのか? 「角隠しとウエディングドレス、どっちが似合いますかねえ?」 「帰れ――――!!  午後7時。不毛な会話の果てに、ようやく彼が帰ると言い出した。  帰るといっても自分の星じゃなくて、住処にしてるUFOに戻るだけだ。どんなUFOなのか、実際に見たことはない。下手に近づいて、万が一誘拐なんかされたらと思うと恐ろしい。 「それじゃ、おやすみなさい。次は惚れさせてみせますよ!」  ウインクしつつ言ってのけた彼は、私の蹴りをギリギリで避けた。 「わあ、冗談ですよお! ごめんなさいごめんなさい!」  彼は疾風のように逃げていく。 「おやすみなさーい! 愛してますうっ!」  ちっ、逃げ足の早い奴め。  静寂の戻ったリビングで、私はぼんやりと佇む。  姿を変えようが常識を学ぼうが、彼はしょせんエイリアン。その前提がある限り、私はこいつを受け入れない。  だけど……だけど。  いつか、自分がうっかりほだされそうで、怖い。 
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