珍しい依頼

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珍しい依頼

 剣と魔法を駆使し、各地を渡り歩く冒険者達の日常は「冒険者ギルド」を訪ねることから始まる。  それは何故かって?そこに仕事があるからです。  冒険者ギルドには様々な依頼が集まり、それをギルド職員が整理し内容を依頼書へと書き起こし「ギルドボード」いわゆる掲示板へと貼り、それを冒険者たちが確認して内容を吟味し依頼書を受付に持っていき申請を済ませれば契約が成立するのが一般的な流れである。  ギルドに寄せられた依頼の内容を元に、想定危険度としてA~Gのランクが表記される。  当然といえば当然だが、危険度が高ければその分報酬は高くなり低ければその逆となる。  しかし、依頼書に書かれていない不測の事態が発生することもあり、達成報告時にそのことを説明すれば追加報酬を貰えるが、それを証明するための証拠が必要となる。  冒険者にとっては面倒な手間が増えることになるが、依頼を受けた段階では想像しえないことだ。   埒外のことはさておき、書き起こされた依頼書がギルドボードに貼り出されれば、あとは冒険者がそれらを選び取るのを待つだけである。  冒険者たちが依頼の内容であれやこれやと賑わう中、ギルドボードの前でどれを受けようかと思索している青年がいた。  彼の名は「アルト」、現在”E”ランクの冒険者である。  ギルドが定めたランクは”A~G”、依頼にはそれぞれ”想定危険度”が設定されるが、条件を満たせば危険度よりもランクの低い冒険者でも受けることができるが、逆に関しては特に制限されていない。  装いは服の上になめし革の服、革服の上にワックスで硬化処理を施したハードオーク、その表面に革を綴じ付け更にハードオークの木板を綴じた軽鎧を身にまとっている。  左腰にはショートソード、後腰には小物を入れた雑嚢、右腰には短剣を提げ、左腕にはハードオークの丸盾を備えた軽戦士といった装備である。  歳は20代半ばほど、身の丈はおよそ170、服の上からでは細かく把握できないが均整の取れた体つきをしている。  ベテランというほどの堂々とした風格を纏っているわけではないが、落ち着いた様子でギルドボードに貼られた依頼を吟味していく。  残っている依頼の中から一つ、意識が向く内容があったようで「珍しいな」と呟くと、迷いなく一枚の依頼書に手を伸ばす。  依頼の内容は都市近郊の”牧場の手伝い”、危険度は”G”、彼が言葉にした通りギルドに寄せられる依頼としては珍しいものだ。  ボードから依頼書を取ると、受付へと向かい 「この依頼の手続き、お願いします」  受付では、依頼に関する説明や他に同行する人員の有無や、経験の有無などの確認を交わし、問題はないと判断され手続きは滞りなく済んだ。  話を終えると牧場へ向かう準備をするためにギルドを後にする。  鎧と盾を外し、いざという時に備えて剣だけを提げて牧場へ向かう。  門をくぐり、しばらく歩くと日が上に昇るころに牧場に到着した。 「オジさん、お久しぶりです」  姿が見えたので、牧場主の男に声を掛けると「おぅ」と返事が返って来た。 「お前さんか、経験者が依頼を受けたんなら細かい説明は要らないな」  何度か依頼を受けたことがあるのと、食事処で何度か会うことがあったので顔を覚えられたようだ。 「わざわざスマンな、うちのカミさんが腰を痛めちまって…丁度収穫の時期だったのもあって人手が欲しくてな、そこにお前さんが来てくれたのは正直助かる、これなら思ったより速く終わるかもな」  手招きされ、後について少し歩いていくと、青い葉に混じって黄色い葉が所々に見える畑に案内された。 「もう少し様子を見ようかとも思ったんだが、もし雪でも積もったら面倒だからな…兄貴を呼ぶことも考えたんだが、向こうも店が忙しいからな…」  ひとつため息をつくと「何度も言うが助かるよ」と疲れた様子ではあったが、少し表情が和らいでいた。  納屋から収穫に使うスコップと手袋、籠を手に取ったとき「そういや」と牧場主が呟き話題を振る。 「ウチの兄貴と姪っ子は元気にしてるか?最近あんまり店の方に顔を出せてなくてな」 「元気ですよ、いつもお世話になってます」  彼が言っているのは、食事処の店主と給仕のことである。  余談ではあるが、ここで穫れた肉や野菜などのいくらかはそこに卸し、保存食に加工したものはギルドに納めることで冒険者向けの糧秣として販売されている。 「んじゃ、俺は奥の方からやってくからお前さんは手前から順にやってってくれ、頼んだぞ」  そう言うと二手に別れ、腰を下ろし作業を始めた。  実を傷つけないように気をつけ、慣れた手つきで畝にスコップを刺し、芋を掘り起こす。  実を穫っては籠に入れ、土の中に穫り残しがないかを確認するため手で掘り探る。  土を掘り返す度に細かく手入れされた柔らかい土が肌を覗かせ、 手で土をほぐす度、手袋越しに地面の冷たさが伝わり、時折吹く風も相まって寒さに身を震わせる。  手順を覚えればあとはその繰り返し、作業を淡々と続けていればいずれ終わりが来るが、収穫された実が籠の中に積み重なるたび、籠は重さを増していく。  作業を進めていけばそれだけ疲労は溜まり、それに比例して少しずつ効率は落ちていく。  いつのまにか日が傾き、空が茜から紺へと変わり始める頃に、今日の収穫作業の終わりを告げる為に牧場主が奥から近づいてきた。 「今日はこれくらいでいいだろう、続きはまた明日頼む」  飯でもどうだと誘われそれに対し頷き、話をしながら母屋へと足を進める。  母屋からは小麦の焼ける匂いと、温められた牛乳の香りが漂いだしていた。  昨日の夕食後「泊まって行けばいい」と言われ、空いていた一室を借りて夜を明かした。  木窓が下りているため外の様子はわからないが、僅かに感じる日の匂いと、鳥の声が聞こえたことで夜が明けたのだとわかる。  眠気の残る瞼をこすり、ベッドから身を起こす。  扉を開け、居間へと足を進めるとシチューの香りが鼻孔をくすぐる。 「起きたか、昨日の残りだが丁度温めなおしたところだ」  空の器と汁を掬う仕草から意図を察し「いただきます」と返事をする。  彼が来る前に穫っていた人参と芋は、昨夜食べた時よりも味が染み、よく煮込まれていることで噛めば簡単に実がほぐれ、その度に濃縮された甘みと旨味が口内に広がる。  トロみのある汁を飲み下せば、胃の奥から温かさが染み渡り、寒さで固くなった身体に活力が湧いてくる。  朝食を終え食器を片付けると、身支度を整え外に出る。  日が照り多少和らいではいるが、冷気を帯びた風が通り抜け、寒さに少し身震いしてしまう。  納屋から道具を取り、昨日と同じように作業を進め、残りの芋を収穫していく。  作業を進めていくと身体は熱を帯び、時折吹く風が心地よく肌を撫でる。  日が頂に昇り、休憩を挟み、日が落ち辺りが暗くなり始めた頃に収穫が終わった。 「いや、ホントに助かったよ、頃合いも丁度いいし飯にするか!」  直近の同じ光景が脳裏をよぎるが、それはさておき二人は足並みを揃えて母屋へと向かう。  扉を開けると竈には既に火が点いており、鍋の中に入っている水がもう少しで沸くところだった。  台所には女性が立っており、切り分けられたチーズや、洗い終わった芋が見えたことで夕餉の支度を進めていたことがわかる。  扉が開いた音が耳に届いたのだろう、入口の方へと身体を向けると 「お疲れさま、ゴメンね手伝えなくて」 と言いながら申し訳なさそうな表情を浮かべる。 「おいおい、無理しないでまだ休んでいた方がいいんじゃないか、あとは俺がやるからお前は座ってろ」  そう言うと椅子の方へと座るように促し「はいはい」と苦笑を浮かべながら女性が腰を掛ける。  男は身を屈めると、不安げな表情を浮かべながら女性の腰をさする。 「ちょっと!お客さんがいるのにそんな情けないとこ見せるんじゃないよ!」  女性の顔が恥ずかしさで途端に赤くなり、羞恥に耐えられなくなったのか、男の頭を叩くと「パァン」ときれいな音が家中に響き渡る。 「だってよぉ…まだ痛むんだろ?もう心配でさぁ…」  そう言った男は今にも泣きそうで目には涙が滲み、その姿を見た女性の口からは小さなため息が漏れる。 「ホントにごめんなさいね、亭主ともども情けないところ見せちゃって」  恥ずかしさに耐えられなくなり両手で顔を隠すが、気を取り直すと気丈に振る舞い「アンタもさっさと動きな!」と言って再び男の頭を叩く。  男は叩かれた頭をさすりながら立つと台所の方へと向かい、夕餉の支度を進める。  扉のところで立ち尽くす青年に気づいたのか、女性は椅子を指したあと、手招きし座るように促す。 「ゴメンね、変なところ見せちゃって」 と苦笑を浮かべる。 「普段はああじゃないんだけど、アタシが腰痛めちまったのもあって最近はあんな感じでねぇ…アタシはもう大丈夫だって言っても、心配だなんだって言ってずっとあんな調子なんだよ」  やれやれと肩を竦めるも嫌ではないのか、なんとも言えない表情を浮かべる。 「男らしく、もっとドシっと構えてりゃアタシも気にならないんだけど、あんな弱々しいとこ見せられると心配でね、大人しくしてられないのさ」 「聞こえてるんだけど…」  男から不満げな声が漏れる。 「実際そうなんだからしょうがないじゃないのさ」  そう言って、女が笑い飛ばす。 「でもま、こんな時に来てくれたのがアンタで良かったよ。 人となりを知ってるぶん、こっちも安心できるからね」  あっはっはと笑い声が響き、談笑を交えながら夕食は進み、少しずつ夜が更けていく。  日が昇り夜が明ける。  あとはギルドに依頼達成の報告をし、報酬を受け取り仕事は完了となる。  依頼者はギルドに依頼を出す際、依頼書と終了証を作成し、依頼が達成された際に担当の冒険者に終了証を渡すことになっている。 「さて、収穫は無事に終わり、あとは終了証を渡せば仕事は終わりとなるわけだが…」  と言って、終了証を持った手を見せるが 「あと一ヶ月くらい仕事を手伝ってほしい…って言ったら手伝ってくれるか?」 「報酬に見合わないのでお断りします」 「食事に寝床、嫁候補として器量よしの俺の姪の紹介、この牧場か兄貴の店、先の話になるが家督を継げるようにとりなすが、どうだ?」 「自分には身に余るお話ですので、お断りします」 「うちの牧場はある程度の販路が確立できてる、贅沢三昧とはいかんだろうが、余裕のある生活が送れるようになると思うがどうだ?」 「今の私には冒険者の方が性に合っているので、お断りします」 「ふむ…それなりに魅力のある提案だと思ったんだがな…仕方ない、これが今回の依頼の終了証だ」  ため息を吐きながら、青年に終了証を渡す。  これで依頼は達成、「ありがとうございます」と礼をし席を立ち、家を出るために扉に向かう。 「気が変わったら、いつでも来ていいぞ」  と男が声をかける。  青年は男に向き直り 「そのうち自分よりもいい人が現れますよ、それでは、失礼します」  お辞儀をした後、家を出る。 「少し、それも良いかなって思っちゃったな…」  少し歩いたところでポツリと声に出てしまう。  少々尾を引く終わり方となってしまったが、今回の依頼はこれにて終わり。  あとはギルドで報酬を受け取り、新しい依頼をこなすことで彼の日常は続いていく。  次の依頼はどうなることか、それはその場に至った時にわかること。  此度の一幕はこれにて終了、今日のところはおさらばです。  それでは、良き一日を…
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