2 忘れるわけがない

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「なるほど。もしそれであなたが考えることが事実であれば、私たちを脅すつもりですか?」  由利の目が冷たく光ったのがわかる。誤解されたことが悔しくて、杏奈は勢い余って立ち上がってしまう。 「違います! そんなつもりであなたの時間をいただいたわけではありません! 私はただ事実を知りたいだけなんです!」 「ではそれが事実だったとして、あなたは何もしないと?」  確かにこんなことを直接言いに来るのだから、金銭の要求をされると考えるのが妥当かもしれない。それなのに後先のことを考えずに会って訴えた自分の甘さに落ち込んだ。  あの出会いをチャンスと捉えてしまった自分はなんて浅はかなんだろう。でももう時間を戻すことは出来ない。彼にどんなに酷くあしらわれようと、今やれることをやるしかない。 「……正直に言えば、その考えが全くなかったわけではありません。ですがあの建物が老朽化で耐震性に問題があったのは事実です。もしこれから突然地震が起こったとして、両親が命を落としたりしたら私はきっと一生後悔する--だから退去したことは正しかったと思っています。私は……ただ事実を知りたいだけなんです」 「金品はいらないと?」 「いりません」  二人は見つめあったまま、沈黙の時間が流れる。彼の目つきは最初から何も変わらない--冷たく杏奈を見定めているよう。だけどこうして目が合う日が来るとは思わなかった。  この人の顔を真っ直ぐに見つめたのは、今日が初めてのような気がする。鋭い眼光に絡め取られ、身動き一つすらとれなくなる。 「あなたの意向はわかりました。ただ私はこの件に関しては管轄外なんです」 「あっ……そうだったんですね……」 「えぇ。でもお話を聞く限り、こうして不審に思う方が一人でもいらっしゃるわけですから、一度きちんと確認をすべき案件であると思います」  彼がこんなにきちんと話を聞いてくれるとは思っていなかったから、杏奈は驚きを隠せなかった。 「では報告のこともありますし、連絡先を交換しておきましょうか」 「連絡先……」  杏奈は戸惑いを隠せなかった。今のところ杏奈の正体に気付いていないようだが、もしフルネームを聞かれたらどうしよう--。先ほどは咄嗟に苗字だけは正直に答えてしまったが、下の名前は偽名を考えた方が安心かもしれない。 「碓氷さん?」  由利はスマホを取り出し、表情を変えずに杏奈を見ていた。 「そ、そうですよね。すみません」  杏奈もスマホを取り出し、とりあえず番号だけをサッと交換する。ぼろが出ないうちにさっさと引き上げよう--そう思い、杏奈は荷物を持って立ち上がった。
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