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4 side高臣 Ⅰ
杏奈を降ろした後、YRグループのオフィスビルに向かった。休日ということもあり閑散とした社内をスタスタと歩き、高臣は専務室へと入っていく。
そして椅子にどさっと寄りかかり、昨日からのことを思い返して胸が熱くなった。
会社が資金提供していたイベントの視察に行き、たまたまキッチンカーが集まるブースを通りかかったら、彼女に声をかけられたのだ。
雑誌やネットにインタビュー記事が載ることがあるから、こうして声をかけられることは多々ある。だから今日もまたその類だと思ったのだ。
普段の高臣ならば、直属の部下である茅島に体よく断るように命令するのだが、彼女を見た瞬間、懐かしさを感じて息が止まりそうになった。
軽やかに風になびくポニーテール、俯きがちな顔、眉間に皺を寄せるくりっとした瞳。そして自信なさげに振り絞るように出す甘い声。彼女を見た時に感じた既視感が、鼻を掠めた唐揚げの香りを嗅いだ途端に形になった。
「わ、私は……碓氷と申します。製菓工場の跡地に建設予定の土地について、どうしても由利専務にお伺いしたいことがあるのです」
あの瞬間、高臣の心臓は大きく高鳴り、歓喜の雄叫びを上げそうになったのをグッと堪えた。
彼女が高臣を知らないフリをしたのだ。彼の名前をフルネームではっきりと言ったのに、気付かないはずがない。
だがその理由はわかっていた--そう、高校時代、杏奈は俺たちのことを嫌っていたから。
幼馴染みの吉村が彼女のことをからかうたびに、杏奈は悔しそうな顔で反論した。
あの頃の高臣は学園生活に充実感を見出せず、二人の争いも面倒に思っていた。
なんで吉村はこんな外部生に絡むんだよ--高臣にとって高校は、大学に行くための通過点でしかない。その生活を自分勝手に振り回してくる吉村との付き合いに嫌気がさしていた。
そんな時に高臣の価値観を覆したのは、杏奈との保健室でのある出来事があったから。
それから高臣は杏奈のことが気になり始め、学校にいると彼女を探している自分に気付いた。
でも彼女に好意を持つには遅過ぎた。何しろ杏奈は高臣と吉村たちグループを一括りにして見ていたから、何もしていない高臣も敵対視されていたのだ。
高臣の前に立つ杏奈は、いつも唇を噛み締め、鋭い目つきでこちらを見ていた。好意を寄せている女子からそんな目で見られていることが苦しくて、目を合わせることが出来なかった。
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