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②仁矢田美弥
私は目を白黒させた。「凄いでしょう?」なんて言われても、何がそんなに凄いことなのか。
いや、心の奥底ではわかっている。「魔女」なんて、人間からしたら凄いに決まっている。あ、違った。今の私は人間でさえなかった。心はあっても動けない人形。
梅子なんて古めかしい名前だ、と私は今の状況を忘れようとするかのように悠長なことを思った。
この髪型、それに薄紅色の着物まで着ている。七五三の七歳の女の子のようだ。梅の花飾りはこの淡い色の着物に合わせたのか。
そういえば、どことなく……。
そこに、ノックもなく扉が開いた。
私の部屋の障子ガラスの引き戸がいつの間にか取っ手のあるドアになっている。
そこから入ってきたのは、背の高い紳士だ。
いかにも仕立てのよさそうなダークグレーのスーツをピシッと着込んで(オーダーメイドに違いない)。左腕に同系色のコートをかけている。
髪は明るい金色。薄水色に見える眼。どことなく、今の私に似ている。歳は40歳前後。
と思う間もなく、紳士は胸元から拳銃を取りだし、それをまっすぐに梅子に向ける。
どういうこと?
フランス人形の私は冷たい台の上に足を投げ出して、ピンクのフリル一つ動かすことができない。
やがて銃弾が発射された。
悲鳴をあげることさえもなく、梅子はふわっと仰け反るように浮いて、頭から後ろに倒れた。
私は声もでない。
もし出たとしても、きっと俯いて黙っただろう。
梅子という邪魔な存在が目の前で破壊されたのだから。
でも、待て。
私をフランス人形にしたのが魔女の梅子なら、その梅子が死んだ以上、私はこのままなのだろうか。
紳士は今は私に目を向けた。
物腰の上品さ、きれいに撫でつけられた金色の髪。非道な殺人。
存在を忘れ、自分で自分をただのモノ、人形になりきろうとしていたが、紳士は私が意思を持った存在であることを最初から分かっていたようだ。
私の方に空いた右腕を伸ばす。銃は既にホルスターに戻されていた。
私に嗅覚があったら、今火薬の匂いが充満しているのだろうか。いや、もしかしたら空気銃だったのかも。音がどのくらい出たのかも分からない。
紳士は数歩こちらに向かって歩いた。私は動けもしないくせに緊張する。
「マリアンナ。間に合ってよかった」
その言葉に背筋が凍り付いた。
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