③酒飲みの源蔵さん

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③酒飲みの源蔵さん

 しかし、その手は私へではなく、その先へと伸びていく。 ──え? 紳士が何かを掴んだ気配を感じた。 もどかしい。そして何が起きているのかが分からない中、私は困惑と不安が渦巻いていくのを感じた。 「魂はあるね。よかった。これで肉体が無事ならば、戻せる」 紳士は言いながら、屈んだ姿勢から、ゆっくりと直立していった。その右手にはもう一つのフランス人形が握られていた。 彼は安堵の表情を浮かべて、その人形を愛おしそうに見ている。 ──その人がマリアンナ? bd168ff8-94a6-44d9-85de-246f6b7af8a1 「そうだ。彼女がマリアンナだ。東洋の人」 その言葉に私はぎょっとした。 冷静に考えれば、当然かもしれない。だって、彼は人形がなんなのか分かっている。当然、私の存在も……… 「悪いが、君まで助けている余裕はないんだ。そして、隣の部屋にあった君の肉体を少し貸してほしい」 ───は? え? どういうこと? 意味が分からない。 彼は何を言っているのだろうか。 私の頭に次から次に入ってくる情報を処理できていない。 震える。 魂が震える。 「君も、同じ被害者だろう。この館には多くの被害者がいる。そこの梅子の仕業だろう」 紳士は、梅子が倒れているであろう箇所を睨み付ける。 「生き人形は彼女に力をもたらす。何十年、何百年と彼女は、力の素質ある人間を攫い、魂を人形に入れてきたらしい。が、それも終わりだ」 ───それと、私の身体とどう……… 「私も魔道士の端くれだ。攻撃は得意じゃないがね。だから、銀の弾丸を使わせてもらった」 話しが通じているのか、いないのか分からない。 「さぁ、マリアンナ。仮初めだが、肉体にその美しい魂を入れてあげよう」  紳士は、そう陶酔するかのように言い、背を向ける。 ──だめ。だめよ、だめよ。だめよ!!! 「そう、駄目だ」  声が響く。  恐ろしい声だった。  静かな声なのに、魂が震える。  それは、紳士も同じだったようだ。  彼は驚いて振り返る。そして、私の脇から立ち上がる影の主を見た。 「まさか………」 「そんな、旧世界の遺物が効くと思っているの?」 「馬鹿な、聖遺物の銀を鋳溶かした弾丸だぞ」 「だからなんだというの?」  影が一歩踏み出す。  梅子が動いている。  私は、ただ見ているしか出来ない。  ただ分かるのは、梅子は化け物だということ。  紳士は魔道士と言っていたけど、ただの人間でしかないこと。  それは私の生きる本能が見抜く。  これは覆せない事実。
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