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⑥日比野うたかたさん
でも、じゃあ、マリアンナは?マリアンナも梅子が助けたの?
この紳士は確か「生き人形は彼女に力をもたらす」とかなんとか言っていた。それに、隣の部屋に私の肉体があるとも…
でも、今さっき見た映像は間違いなく自分の記憶。それはだけはハッキリしている。
だけど、荒ぶっていた梅子は恐かった…
何が真実?何を信じたらいいの?
私はこれからどうなっちゃうの?
どうしたら元の体に戻れるの?
私は混乱していた。
現実離れした出来事が荒波のように押し寄せて、私の脳みそはパンク寸前だ。
居心地の悪い世界だった。いつも、どこか遠くへ行きたいと思っていた。それでも逃げずに頑張って来たんだ。
戻りたいよ…
梅子は私の頭を優しく撫でて、慈しむように見つめている。
ねぇ梅子…ちゃん…私、信じてもいいの?
でも、どうして助けてくれるの?
私は梅子に問いかけた。
「そんなの決まってるよ、佳純ちゃんは私の大切な人だから」
え?どういうこと?私、梅子ちゃんと前にどこかで…?
「…ごめんね佳純ちゃん、それは言えないの」
梅子は短い眉を下げて、すまなそうな顔をする。
──パン、パン!
突如、短い発砲音が二度、部屋に響いた。
音が先か、梅子の演舞が先か…
梅子は、若草色の帯に差していた扇子を素早く広げて華麗に舞った。それによって生まれた風に、弾丸は勢いをなくして床にカラコロンと転がった。
「ちっ」
隙を狙っていたのだろう。敗北を認めたかのよう見えた紳士だったが、密かに梅子に銃口を向けていたのだ。
「なぁに、あと四発当てればいいんだろう?銀の弾ならまだあるんだ…」
紳士はそう言って体勢を低くしたかと思うと、瞬時にズボンの裾をめくって新たな銃を取り出した。そして迷うことなく梅子に向かって発砲する。
だが、梅子はいとも簡単に銃弾を弾き飛ばした。
「くそ!」
紳士は両膝をついて項垂れた。
紳士に向かって、梅子は静かに語った。
「マリアンナはあんたの元に戻りたくないって言ってる。部屋の窓から身投げしたのも、あんたから逃れたくてのこと。諦めなさい」
梅子の言葉に、紳士は悲痛の表情を浮かべる。
「そんな…マリアンナ…」
紳士は寝かせられているマリアンナ人形に向かって手を伸ばす。
梅子は紳士の元へ歩み寄り、閉じた扇子で紳士の手の甲を叩いた。すると次の瞬間、紳士は白い鳩へと姿を変えた。
部屋の小さな窓からは、薄っすらとオレンジ色の明かりがさしていた。
梅子はその窓を開けて、鳩を外へと逃がしてやった。
「心配ない。十分もすれば元の体に戻るはず…」
私が唖然としていると、梅子は「どう、凄いでしょ?」とにっこり笑った。
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