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「はあ? 『何回』って……はっはー、なるほどお」
はぐらかす気などさらさらない、低俗極まる含み笑い。初々しさと無縁の乱れっぷりは、シリアルキラーの持ち味だ。無知蒙昧な世人を見下し、真相に近付いた愚者を嘲る。ここまで熟成された悪意を見逃していたとは、本当に私は人を見る目が無い。それとも、一切ボロを出さなかった彼女の方が、一枚上手だったのか。いずれにせよ、私を支配するのは突き落とされた怒りなどではなく、冷たく燃える嫉妬の情念だ。
「えーっと、何回目だったかなー。あんなクソ共の顔だの名前だの、覚えておく価値も無かったし。……ねえ、貴方はどう思う?」
――ひしゃげて狭まった鼻孔を、清廉な匂いが突き抜ける。一瞬だけ親しみを抱くも、そこに柔らかな土の香りも、長閑やかな太陽の面影も無いのを悟り、どんよりとした気分になる。確か初めて出会った時の彼も、純麗な気配を纏っていた。日本一の高僧として、悪人達のメシアとして、務めを果たすには都合が良いのだろう。
「……さーな。お前に分かんねーもんが、オイラに分かるわけねーだろ」
――嫌に大人びた声遣いが、悶絶するほど懐かしくて、気付けば私は狂っていた。棒切れと化した四肢は放り捨て、萎んだ肺を強いて膨らませ、芋虫の如く身を捩らせる。頸椎が軋むのも、血管が千切れるのも気に留めず、根性を頼みに振り仰ぐ。――階上に佇む人影は二つ。醜穢に唇をひん曲げる「妖女」と――何の表情も見せない「怪異」。
「……ふふっ……やっぱりね……畜生……」
少年然とした背格好の「怪異」は、純白の衣を着込んでいた。頭には円錐形の遍路笠、灰瑪瑙の瞳は覆われて見えない。肩にはタオル状の輪袈裟、ユラユラ靡いて定まらない。脚には足袋と草履、年季物だが古臭くはない。右手には金剛杖、取り巻く妖気が穏やかでない。そして左手には――買ったばかりで熱々の、お汁粉の缶。
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