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「……ふ、ふふっ、ふふふふふっ! アーッハハハハ! 何ですか、その顔!? 目ぇウルウルさせて、おっかしー!」
腰をくの字に折り曲げ、後輩はわざとらしく爆笑する。「他人の不幸は蜜の味」とは彼女のためにある言葉だ。そりゃあおかしかろう。私の筋違いな勘違いは、図々し過ぎる夢想図は、あまりに目に余る代物だった。こんなちっぽけな身の丈で、何と大それた愛を望んでしまったのか。分かっていなければならなかったのに。弁えていなければならなかったのに。――私のヒーローは、私だけのヒーローではないのだと。
「ひーっ、ひーっ、お腹痛い! ……ま、まあ、気持ちは理解できますよ。現実改変なんて超常体験、一度味わったら……ふふっ! 思い上がっちゃいますよね。 自分一人が特別なんだって! 自分こそが彼の『特別』なんだって! ……でも、実際は認識できないだけ。証拠が無いから気付けないだけ。きっとアタシらが考えてる以上に、この世界は目まぐるしく変わり続けてるんですよ。……ねーっ、『ダイシ様』?」
「……」
ぜえぜえ息を切らしつつ、「後輩」はおもむろに両の手を広げる。次の瞬間、彼女は滑らかな軌道を描き、斜め前へと倒れ込んだ。――どれだけ狡猾で腹黒いのだろう。数刻前の私と同様に、身体の支えを失ったにも関わらず、栗毛の小悪魔は無様に階段を転げたりしなかった。少女の柔らかい肉体は、少年の華奢な背中へと被さる。無口な救世主の白い襟首に、毒蛇の如き細腕が絡み付く。見せ付けるように、見せしめのように、したり顔の妖婦は嫌らしく語る。
「ふふっ。可哀想なセンパイ。恋に破れた乙女って、こんなカンジなんですかねえ。あらあら、そんなに落ち込まないでください。苦しみとか悲しみとか、すぐにどうでも良くなりますって。だってそうでしょう? 雪に隠されちゃえば、何にも考えられなくなるんですから! キャハハッ!」
「ダイシ様」の薄い肩越しに、「後輩」は艶めかしい声ではしゃぐ。細めた目に濃紫色の焔を灯し、粘着質に勝ち誇っている。ぴったりと肌を密着させ、顔を横に連ねる二人の有様は、淫猥なメタファーにしか見えない。形而上学的に交わる二体のシルエットが、歪む景色の中でふしだらに揺れる。
――体温を忘れた私の心が、いよいよ砕けようとしていた。
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