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「……ハーッ……ハーッ……ふう。まあでも、引き受けたからにはやるしかないですよね。ええ、精一杯頑張りましたとも。逃げ出したくなっても踏み留まって、投げ出したくなっても持ち堪えて――それで少しでも報われれば、まだ耐えていられたのに。本当、アイツさえいなければ――■■■■のヤツさえいなければ!」
乱暴に紡がれる「後輩」の恨み節。ところどころ滑舌が怪しく、声も上滑りしがちなのは、情緒不安定に叫びまくってきた代償だろう。酷使されてザラついた喉が、擦り切れた言葉を奏でているのだ。――と、こう説明すれば大部分は納得がいく。だが、発言の終盤で生じた短いノイズ、それだけは何とも異質だった。前触れもなく挟まれたトゲトゲしい音は、彼女の口から飛び出たというより、世界の側から働き掛けられ、検閲されたと考える方が自然な気がした。
「そう、■■■■! あの陰険女めっ! さんざっぱら他人のトラウマ、ほじくり返してくれちゃってさあっ! 大して演技も上手くないくせに、いびるのだけは一丁前でっ! そんなにグチグチ言うくらいなら、自分がキャストになれっつーの! 音響係が口先ばっかり!」
まただ。罵詈雑言の洪水に紛れて、奇怪なさざめきが鼓膜を打つ。文脈から察するに、規制音の裏に隠されているのは「人名」、それも音響担当のメンバーのものらしいが――駄目だ。誰を当て嵌めてみてもしっくりこない。やる気がない部員は何人かいるが、「後輩」が扱き下ろすほど性悪な人物は思い付かない。先のウィッグの件といい、掴みどころのない話が続く。一体、私は何を見逃して……あっ。
「――んでもって、あの日は特に酷かったなあ。部室で居残り練習してたら、ニヤけ顔のアイツが近付いてきて。横から台本奪ったかと思うと、雑に床に叩き付けやがって。こちらが狼狽えるのを見て嬉しそうに、ウレシソーに――だからね、全部しょうがなかったんですよ。アタシがアイツを突き飛ばしちゃったのも。背後にぶっ倒れたアイツが、机の角に頭ぶつけて動かなくなったのも」
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