本番直前のある日

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 廊下を包む赤橙の夕明かりが、徐々に黒みを帯び始める。夜の訪れが近いのか、はたまた私の意識が消えつつあるのか。混濁した闇を羽織り、「後輩」はフィナーレへの準備を整える。「ダイシ様」の首に絡めていた腕を解き、大袈裟にピンと背筋を伸ばし、悠然と下り段へ一歩を踏み出す。血潮で彩られた(きざはし)は、奈落へと落ち窪んだ道は、彼女のために用意されたランウェイだ。 「ふふっ! ■■■■のヤツ、間抜けなツラしてたなー。派手に白目剥いて、半開きの口から(よだれ)垂らして……でも、流石に笑ってる余裕はありませんでしたね。何回呼び掛けても返事が無いし、身体を揺すっても反応しないし。で、ツーンとした鉄臭さに鼻を焼かれて、嫌でも気付くんです。『あ。アタシ、取り返しの付かないことしちゃった』って」  朗々と己が罪を吐露する告白者。あからさまに眉尻を下げ、俯き加減に振る舞ってはいるが、これっぽっちも申し訳なさそうには見えない。一段一段、勿体付けるように下りてくる様も相まって、何ともふてぶてしい印象を覚える。咎人(とがにん)は懺悔をする風に装って、その実自身の武勇に酔いしれていた。   「死体を隠すアテなんか無い。かといって、逃げても問題は解決しない。いやー、正直腹が立ちましたよ。『このクソ女のせいで、アタシの人生メチャクチャだ』って。たった一つの過ちのせいで、青春とオサラバしなきゃいけないって思うと、もう憂鬱で憂鬱で……だから、彼が手を差し伸べてくれた時は、とても嬉しかった!」  恍惚とした物言いが、煽り気味な口振りが、満身創痍の私をさらに責め立てる。いつの間にか、「後輩」は全ての段を下り終え、私のすぐ横に立っていた。少女の形をした死神は、膝に手を置いて屈み込み、ニイッと白い歯を剥き出しにする。至近距離から見つめてみると、肌色の泥面は一層露悪的だ。顔中に浮き出てピクピク脈打つ血管は、地表を()蚯蚓(みみず)に似ている。半ば怒り、半ば嗤いながら、彼女は遂に話の核心へと触れる。 「ヒヒッ! とっても愉快な眺めでしたよ! ドロドロの雪泥が部室を覆う様は! しばらくして穢れた洪水が収まり、ふとして台本を開いてみたら、世界は薔薇色に変わっていた! 音響係の欄に■■■■の名は見当たらず、代わりにアタシの名が刻まれていた! そしてっ! アタシが演じるはずだった、忌々しい役を引き継いだのは――」  仰々しい台詞回し、もどかしいほどたっぷり置かれた間。ひけらかすように立てられた人差し指が、予定調和にを射貫く。点と点が繋がって線になり、線と線が交わって図になる。真実の絵図、予想していた通りの解答。記憶にないが、実感はないが――共に「ダイシ様」への依頼人であるという以前に、私達は深く結び付いていたらしい。  そう。「後輩」が「であるように――私は「だったのだ。
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