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二月某日
大して仲良くなかった「あの娘」は、冷たい雪で滑って転んだ。転んで跳ねてドタドタ落ちて、頭を打って動かなくなった。――そういうことに、ならないだろうか。
校舎端の踊り場で、取り留めもなく考えてみる。締め切られた白い窓を横目に見つつ、階下の赤い澱みから目を逸らしつつ、淡い期待を抱いてみる。カーディガンは染み入る寒さを防いでくれない。立ち昇る鉄臭さに鼻腔を犯され、やたらと喉が渇く。
断じて故意ではなかった。合同発表会を間近に控え、多少苛ついていたのは認める。でも、突き飛ばすつもりはさらさら無かった。彼女が台詞を覚えていなかったのも、私が彼女を不真面目だと罵ったのも、全ては不幸な巡り合わせに過ぎない。歯車が不条理に噛み合っただけ。脚本としては三流で、評価できるのは激烈な臨場感のみ。願わくは観客席で寛ぎながら、陳腐な展開を嗤っていたかった。
「……どうしよう……」
大人しく自首するべきか。少年法の適用範囲など知らない。何分今この瞬間まで、健全な女子高生をやってきた身だ。わざわざ調べる機会も無かった。もっとも多少の免罪があったとて、手錠を掛けられ引き回される私を、友人達は噂の種にするだろう。両親は失望の涙を流し、名も知らない誰かがそれを責め立てるのだ。
「……ああ……嫌だなあ……」
想像するだに吐き気を誘う、黒一色の将来設計。何もかも放棄して逃げ出したいが、それでは何も解決しない。ドラマで拾った知識だが、日本の鑑識は優秀だと聞く。「あの娘」の衣服に付着した指紋が、平穏な日常を許してはくれまい。ならばいっそ、死体自体を消し去れれば良いのだが――現実的に不可能だ。善良な市民は証拠隠滅のノウハウなんて持たない。そもそもこの細腕では、人一人運搬するのも困難だ。八方塞がり、万事休す。
「……誰か……助けて……」
無意識に、無意味に、掠れた声を漏らしてしまう。雲間からお天道様が覗いていたとしても、こんな悪党を助けてはくれないだろう。仮に手を差し伸べてくれる者がいたなら、ソイツは稀代の大聖人か――
「よー、そこな濡烏のお姉ちゃん。お困りみたいだなー」
――世紀の極悪人だ。
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