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残光1-⑵
「やあ、なんだか随分と賑わっているなあ。普段はのどかな田舎道なのに」
匣館公園へと続く道の途中で、流介はあちこちからぞろぞろと風呂敷包みや扇子、遠眼鏡を手に集まってくる人々に出くわし目を丸くした。
「あらっ飛田さん、瑠々田さん。お二人も興業見物にいらっしゃったの?それとも取材?」
風呂敷包みを手に道の向こうからやってきたのは亜蘭と兵吉だった。
「兵吉さんもいらしてたんですか。今日はお仕事はお休みですか」
「ええまあ、本音を言えば家でごろごろしていたかったのですが、亜蘭がどうしても興業を見たいという物で」
兵吉はいつもの制服姿ではなく、書生を思わせるいでたちでそう言った。亜蘭たちの家は末広町で近いから驚きはないが、この分では山の手周辺の人々がこぞって来ているのではないか。
「それにしても曲芸団とはまた、おおがかりな見世物を始める人がいたものですね。どこかよその土地からやってきた人物なんでしょうか」
「そのようですね。団長の花夢さんはこれまでも得戸などで見世物を成功させていたようです。今度は海峡を渡って新天地でひと稼ぎ……と言ったところかもしれません」
「なるほど、どのような見世物があるのでしょう」
流介が尋ねると、小鼻を膨らませた亜蘭が「兄さん、それは私に説明させて」と流介の方に身を乗り出した。
「……ええとね、西洋竹馬に道化師のお手玉、綱渡り、踊り、それから馬の曲乗りなんかもあるみたい。この間、うちの前で配っていたちらしには「熊の三輪車芸」っていうのもあったわ」
「へえ、思ったより盛りだくさんだな」
「しかし何と言っても最大の見ものは「脱出芸」ですよ」
亜蘭の後を引き継ぐようにそう言ったのは、兵吉だった。
「脱出芸?」
「木箱とか樽とか牛乳の缶とか、そういった物に手足を縛られて閉じ込められた人が自分で鎖を解いて出て来るのです」
「ははあ、縄抜けか」
「極めて危険な芸ですよ。一応、私も警察官ですからもし、見ていてなにかの不手際があったらすぐ飛び込んでいこうと思っていますが」
「それは心強いですね。……もっともその花夢さんとやらの目的はあえて観客をはらはらさせることなんでしょうけど」
「さあ兄さん、そろそろお昼よ、芸が始まってしまったら写真を撮る機会が減ってしまうわ」
亜蘭が写真機を胸の前で構えると、「あっ、亜蘭さん写真機を持ってきたのね?」と刹那の声が後ろから飛んできた。
「あっ、刹那さんもいたんだ。……そうか『鳴事最大の興業』を絵に描きとめるのね?」
「そういうこと。兵吉君、馬が観客席に飛び込んでこないよう、ちゃんと見張っててね」
無理難題を押しつけられた兵吉は「勝手なことを言わないでくれよ」と弱り切ったような目で刹那を見た。
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