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残光1-⑹
「瑠々太君、ここから先は本当にまずいよ。少しは遠慮したまえ」
『ダックスフント・サンド』を手にしたまま舞台と楽屋を隔てる大きな横長の幕に近づこうとする弥右に、流介は思わず苦言を呈した。
「いいじゃないですか。少しぐらい……んっ?」
弥右は何かに気づいたように突然言葉を切ると、流介の背後を見遣った。
「どうしたんだい瑠々太君……あっ」
つられて振り返った流介は、すぐ後ろに立っていた人影を見て思わず目を見開いた。
「お兄さん達も、曲芸の裏を見に来たの?」
なんとそこにいたのは先ほど自己紹介をした宗介の姪、若葉だった。しかも手には流介たちと同様に、カールの『ダックスフント・サンド』を携えていた。
「き、君、それは……」
「あ、これ?叔父さんに駄々をこねて買ってもらったの」
若葉は無邪気に言うと、ソーセージの端をひと齧りした。今風の髪に和装の少女が『ダックスフント・サンド』を齧っているというのは何とも奇妙な光景だった。
「しょうがないなあ。ちょっとだけ見たらすぐ戻るんだよ」
若葉をそう言って諭したのはなんと、弥右だった。
「なにを言ってるんだい瑠々太君。すぐ引き返すよう言わなきゃ駄目じゃないか」
「まあまあ、一目見るくらいはいいじゃないですか。先輩ももう少し柔らかく物事を考えてはいかがです?」
「そうはいかないよ。……君、悪いが叔父さん達の所に戻りなさい。こういう場所は子供の君が思っている以上に危ないんだ」
流介がやや厳しい口調で改めて諭すと、若葉はしばし「えー」とぐずった後「わかりました」と聞きいれた。
「ええと、戻る前に聞きたいんだけど……小さい方のお兄さん、ひょっとして私と同じくらい?」
「失礼な。こう見えても十九だ。それと小さい方は余計だ」
「なんだ、やっぱり私と大して変わらないんだ。よろしくね」
年上の威厳を示そうと必死の弥右に若葉は一切取りわず、近所の知りあいに挨拶するように可愛らしく言った。
※
「あっ、あなた方は……」
木箱の傍らで鎖のような物を手に何やら立ち話をしていたのは、見覚えのある二人の人物だった。
「記者さん……どうしてここに?」
二人はソーセージと博打が好きな船乗りハリ―と『幸運な道化』騒ぎで関わった雑貨店『風寺堂』の店主、風寺仁だった。
「後輩のが舞台裏を取材したいというので……ぶしつけな振る舞いをしてしまい、申し訳ありません」
出し物の仕込みに出くわしたことに流介が狼狽えていると、追い打ちをかけるように背後から叱咤する声が聞こえた。
「そこで何をやっているのですか。曲芸団の人以外は見ないでください。これから午後の出し物に関する仕掛けの準備があるのです」
強い口調で流介たちをたしなめたのは背の高い、外国人のように整った顔の男性だった。
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