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残光1-⑴
「やあ、こいつはおいしいですね。湯の川の『水華堂』で口にしたバナナ牛乳を思い出します」
末広町にある開店したての洋菓子屋『へえぜる』で、出された菓子を口にした瑠々田弥右は目を丸くして叫んだ。
「うふふ、嬉しいわ。それは潰したバナナを小麦粉と一緒に焼いた物ですの」
「いやあ、驚きました。山の手にもこんなおいしいお菓子の店があるなんて。『水華堂』といい勝負……いや、それ以上かもしれません」
「若いのにお世辞がお上手なのね。……飛田さん、素敵な後輩をお持ちでうらやましいわ」
「いやあ瑠々田君はとにかく好奇心が旺盛で、僕の方が置いて行かれそうですよ刹那さん」
流介は洋菓子に上機嫌の弥右を横目で見つつ、言わずもがなのぼやきを口にした。
「ところで刹那さん、わざわざごちそう付きで僕らを招待してくださったわけをまだ、うかがってないのですが」
「ああ、そうそう。実はね、今、匣館公園で花夢曲芸団っていう人たちが見世物をやっていて凄く面白いらしいの。私も絵に描けそうな出し物があったら描いてみたいし、飛田さんたちも記事の元になるんじゃないかと思って」
「へえ、そいつは面白いですね。迂闊にも知りませんでした。教えてくれてありがとうございます」
「それじゃ、お菓子を召し上がったら早速、行ってみません?ちょうど今が十一時だから、もうあと半刻もすれば始まると思うわ」
「わあ、楽しみだなあ。曲芸なんて初めてです」
子供のように声を上げてはしゃぐ弥右を目を細めて眺めながら、刹那は「本当に可愛らしい後輩さんね。見た目も天馬さんを小さくしたような感じだし……今度、描かせてもらっていいかしら」と言った。
「えっ、僕を絵に描いて下さるんですか?じゃあ、できるだけ利口そうに描いて下さい。飛田先輩より頭が良く見えるように」
呆れたものの言いように、流介は弥右を睨み付けた。先輩をなんだと思っているんだこいつは。
「うふふ、ご心配なく。澄ましたお顔を作らなくても充分、利発そうに見えますわ」
「それはそうでしょう、何といっても小学校を出ていますから」
弥右は鼻息を荒くしながら言うと、得意げに胸を反らしてみせた。
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