雪灯り

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 私は囲炉裏に手を突き出しながら、その女性に挨拶をする。すると向こうは「お好きなだけどうぞ」と柔らかく微笑んだ。  しかし、この家はなんなのだろう。  不躾(ぶしつけ)ながらぐるりと家の中の様子を探ったが、どうも宿や茶屋などの商売をしている風ではないし、もちろん木こり小屋などでもない。町にあるような、少し程度の良い普通の家屋である。  だとすれば、この家の主人はどこか離れたところにでも働きに出ているのだろうか。 「もし、ご主人はどこかに働きに出ているのですか。御在宅であれば暖のお礼を申し上げたいのですが」  私が問うと、女性はまたこちらを見て微笑んだ。 「主人はおりませんの」 「では、御帰宅されましたら――」 「主人はおりませんの。もう何年も前に亡くなってしまったわ。……今は主人の思い出に浸りながら、下男と二人でひっそりと暮らしているのよ」  そういう女性は懐かしむように搔巻(かいまき)を撫でた。視線を外して目を伏せた女は、薄暗い中にあって囲炉裏の炎に照らされ、それはいっそう儚げで、どこかこの世のものとは思えないほど美しかった。 「それは……大変でしたね」  それからは静寂があった。
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