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音の無い真白な世界を、ぎゅっ、ぎゅっ、と自分だけに聞こえるリズムで歩いていた。
最後に新雪を踏みしめたのはいつだったろうか。
少なくともあのとき以来だった。
そう、あの日、私は確かに見たのだ。
猛烈な吹雪の中で爛々と、けれど優しく燃える灯火を。
* * *
「先生、ねえ、先生ったら。そうですよ、そこのあなたです。トンビコートに山高帽だなんて、いかにも先生じゃありませんか。何よりもひげを蓄えたお顔がいい。ちょいと隣いいですかい?」
宿泊した木賃宿の囲炉裏端で出立の準備をしていた早朝、同じ宿泊者であろう男に声を掛けられた。
一見するに、みすぼらしい筒袖の身なりの男は、しかし、よく見ればこの頃書生に流行りのスタンドカラーシャツを中に着こんでいるし、傍らの背負子から覗いている羽織には光沢がある。
或いは行商人やも知れぬと頭に浮かべながら、なんともちぐはぐなこの男に「何用か」と返せば、「話し相手が欲しかったんでさ」などと、臆面もなく言う。
「ときに先生。これから先生がどこに向かわれるのか、ここは一つ、あっしが当ててご覧にいれましょう」
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