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「私は麓の町で診療所をやっている者なんだがね、谷間の集落に向かっているところでこの雪だ。どうにも体が冷えてしようがないんだ。せめてほんの少しでも暖を借りられればと、こうして訪ねてみたのだよ」
老爺は私の頭から爪先までじっくりと眺めた後、音が鳴らぬように木戸を閉め、何か話声が聞こえたかと思うと、またそろりと引き戸を開けた。
「……中へ」
暖かい空気が漏れ出る木戸を抜けると土間があり、すぐ正面に上がり框、そして向かって右奥に囲炉裏がある部屋へと続いている。
「どうぞ」
物静かな老爺が差し出した盥からは、親切なことに湯気が立ち昇っているではないか。私は思わずありがたいと老爺に呟いて、湯の温度を惜しむようにじっくりと足を拭く。
そうして上がり込んだ囲炉裏端に待ち構えていたのは、一人の美しい女性だった。
年の頃は恐らく二十の後半であろう。黒髪を束ねもせずにそのまま流し、小袖の上から搔巻を羽織っているように見えた。薄暗い中、囲炉裏の灯りも使って縫物でもしているのだろうか。
「少しの間だけ、御厄介になります」
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