7人が本棚に入れています
本棚に追加
木炭が爆ぜる音ばかりが聞こえる。
女が髪をかき上げ、木炭を火箸で動かす様子を何とはなしに眺める。
ときおり覗く彼女の白い肌が、その柔らかさが仄暗い空間の中で一際艶めかしく見え、私の心をざわめかせる。
無限とも思える時間。
――柱時計が鳴いた気がして、私は懐中時計の蓋を開けた。
「ところで、谷間の集落に行きたいのですが、どの道を行けばよいでしょうか」
「それでしたら、このまま真っ直ぐ行けばいずれは着くでしょう」
「私はそろそろ出なくちゃあなりません。この礼はいつか必ず」
「どのような御用事があるのか全く想像もできませんが、この空模様の中を行くのはおよしなさい」
「けれど、行かねばならないのです」
「どうしても、今日行かねばならないのですか」
「どうしても、今日行かねばならぬのです」
「でしたら――」
女は傍らの箪笥から小さな革袋を取り出すと、囲炉裏の灰の中を火箸で探って、小さな石を二つ、それに放り込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!