7人が本棚に入れています
本棚に追加
「この雪の中を行くというのであれば、これをお守り代わりにお持ちになって下さいな。どうにも進退が窮まったときに火打石のように打ち鳴らせば、きっとあなた様の助けになることでしょう」
「お心遣い頂きありがとうございます」
そうして名残惜しい気持ちを払い除けて、いよいよ雪の降る中を進もうとしたとき、あることを思い出した。
「私が来る前、荷物を沢山背負った男がこちらへ見えませんでしたか」
「ええ、確かにそのような男性も見えましたね」
「その男はどうしましたか」
「さあ、どうしたのかしらねえ」
懐中時計は午後一時を指している。
暖を取っている間にも雪が降り止むことはなく、先へ進む下り坂の道は、もうすっかり白くなっていた。
懐に入れた石の温もりを感じながら、それでも杉林の間を歩く。
その間にも雪はどんどん勢いを増していく。
そこに生き物の音はなく、ただ自分だけが音であるかのようだった。
ただ黙々と歩むうちに、やがて下り坂は終わり、道の目印としていた杉林もなくなっていた。
峠ではあれほど大人しかった風も、びょうびょうと吹き荒れ、降る雪も積もった雪もなくまき散らす。
最初のコメントを投稿しよう!